旅の5日目のこの日は、観光の最終日。朝、ホテルの部屋から外を見たら、道路が濡れていましたが、雨は降っていませんでした。前夜の天気予報の通り、完璧な曇り空です。朝方の冷たい風よけのために、お母さんはカッパを着用して出発です。
この日の最初の目的地は、北大キャンパスです。
札幌観光の初日に来た大通公園を横切って北に進みました。
北海道庁の前を通って、そのチョット先まで進みました。
北海道大学
南門からキャンパスに入ります。
古河講堂。キャンパス内にあった最も古い建物です。古河家の寄贈による校舎であると書かれています。その下には(旧東北帝国大学農科大学林学教室)と訳のわからないことが書かれています。さらにその下を読むと「札幌農学校は、1907年に、東北帝国大学農科大学に改組された」と書かれています。ということは、およそ100年前の当時、北海道は本土の植民地のような扱いだったのかもしれません。いずれにせよ、札幌農学校が東北帝大への改組からいつ解き放たれて現在の北大になったのかも書いておいてほしいものです。
北海道大学 総合博物館 と書かれています。なんとも奇妙な建築様式です。
博物館内には入っていません。
総合博物館の西側に、ポプラ並木がありました。このポプラ並木は、札幌駅から直線距離で僅か1km程の所にあるのです。北大の前身は札幌農学校なので、大きな樹木のある自然の風景が札幌市の中心部に今も残っている、ということなのでしょう。
ポプラ並木の隣に、『武士道』の著者として有名な新渡戸稲造さんの像がありました。
《参照》 日本文化講座⑧ 【 武士道 】
風化の様子が全くない石の状況から見て近年造られた物らしいことがうかがえます。新渡戸さんが5000円札に描かれることが決まった時に、急遽、作成されたのかもしれませんね。
新渡戸夫人寄贈のハルニレの木は、北大キャンパスの正門(東門)近くにありました。
キャンパス内を東西に横断している広い車道はイチョウ並木になっていますが、秋にならないと、それっぽくありません。
南北に細長い北大キャンパスの南側3分の1ほどのエリアを歩き回っただけですが、これにて北大キャンパス巡りは終了です。
北大キャンパス内を歩いてみての感想は、「気が感じられない・・・」の一言です。本郷の東大キャンパスには、学問を志したくなるような若いエネルギーが満ちていますが、ここでは、そんなエネルギーが全然感じられなかったのです。なので、北大出身者で学問的業績を残した人っているだろうか? と記憶を辿ってみたのですが、一人として思い当たりません。東大、京大、名大、東北大などは数人ずつ思いつくのですが、北大で思い出したのは、雪印乳業の賞味期限日偽装事件だけでした。
「札幌農学校として始まった北大は、学問への情熱を全く失ったまま、権威と腐敗にまみれた企業人を輩出してきただけなのかも・・・」と思いついてしまったのです。あまりにもエネルギーを感じられない北大キャンパスを歩いてみて思い至った結論は、それだけでした。「もしかして、札幌オリンピックの大倉山ジャンプ台でメダルを独占した3選手は、いずれも雪印の社員だったのではないだろうか? だったら大倉山ジャンプ台の展示室に、その功績がなかったとしても、故なしではないなぁ・・・」とも思っていたのです。
札幌駅近くにあった松屋で牛丼を食べました。券売機でボタンを押した段階で、その信号は調理場に届いているので、椅子に座ったと同時にドンブリができていました。
この日の朝は、変形パープリン星人の日常に合わせて、小さなコンビニパンを食べただけなので、11時に昼食です。
次の (中島公園) へ









