そんな日々の中、私はこの学校の先生の輪に入れずにいました。
最初に赴任した学校の先生方のチームワークがあまりにもすばらしく
それと比較してしまったのも一因のような気がします。
前の学校は、以前荒れていたことがあったそうで
そのとき赴任した、ベテランで力のある先生が多く働かれていたんですね。
異動した学校は、若い先生が主力で
そこまで、「職員同士フォローしあう」という体制ではなくて。
それはそれで、ひとつの職場のかたちだと思うのですが
当時の自分は、初めの学校のありようこそが全てだったので
なかなか、新しい学校の雰囲気になじめずにいたんです。
そこにきて、自分のできなさかげんを痛感し。
でも、変にプライドもあって、できない自分を認めることもできず。
なんだか心の中はボロボロで、その年度を終えました。
でも、プリティー先生や主任の先生は
「私、あめ先生のこと助けてますよ~!!」
なんておっしゃる先生方ではないので
他の職員には、そこまで私のうっかり加減は知られることもなく
愛先生が話してくださっていた、「あめちゃんはできる♪」の言葉だけを覚えていてくださって。
次の年は、初めて主任になる先生と新採用の先生と、学年を組むことになりました。
すなわち、もうおんぶに抱っこのポジションではないということ。
そして、クラス以外の学校の仕事も、わりとちゃんとやらなきゃいけないところが回ってきました。
この主任の方が、以前の記事で書いた、私が徹底的に嫌われてしまった上司です。(;´▽`A``
私の、「他人から評価されたい」というところが原因で
不快な思いをさせてしまったこともあったのだろうと思います。
お聞きしても、お話しいただけなかったので、どこからどう愛想を尽かされてしまったかは推測するしかできないのですが
小さなことがいろいろと積み重なり
私が良かれと思ってしたことはすべて裏目に出てしまい
どこからもフォローを得られない分、私の仕事できなさ加減も露呈し
本当にこの年、自分がそれまでいかに周りの先生方に助けられてきたかがわかりました。
主任は、私には直接話もしてくださらなくなり
なにか私がミスをすると、直接教頭や校長にお話しされ
私は主任に直接ミスを指摘していただくこともできず
あいさつしても無視され
たぶん、人生でこんなに人に嫌われたことは今までなかっただろうな、と思いました。
子ども達は、やっぱりその年も最高にかわいくて
私のできない部分も、「先生らしいね!」なんて言ってフォローしてくれたり
一緒に泣いたり、笑ったり、毎日が本当に楽しかったです。
この年に、ハルを妊娠して(切迫流産で安静になり、学校もたびたび休まざるを得ず、そのことが主任との中をさらに悪化させてしまったのですが)
私に子どもが生まれることも、とても楽しみにしてくれた子ども達。
エコーの動画を使って、授業もさせてもらって。
この年の子ども達も、保護者の方も、やっぱりみんな温かくて
思い出すと涙が出てくるようなエピソードが、たくさんあります。
でも、私は毎日職場の帰り道、死にたいと思うようになりました。
クラスの子ども達のひとりひとりを見ることには、自信があった。
だけどそんなの教員やってる人は、みんな当たり前にできていること。
それ以外の部分が全然ダメな自分。
そして、同僚にあそこまで嫌われてしまう自分。
自分の存在価値ってなんだろう。
消えてなくなりたい。
死にたい。
って、思ってました。
妊婦で精神不安定だったのかもしれないですね。(>_<)
続く。