「頑張りすぎだから、
休みましょう」
「自立しすぎだから、
甘えましょう」
「負けず嫌いを、
手放しましょう」
自己理解やマインドの
発信を見ていると、
毎日のように
流れてくる言葉です。
読むたびに、
ずっと引っかかっていました。
間違ってはいない。
でも、雑だ。
今日はその「雑」の
中身を書きます。
頑張って結果を出してきた人ほど、
その処方で
大事なものを
捨てさせられている話です。
正当な評価を得られない女性を
勝てる「ブランド」に育てる
パーソナルブランドプロデューサー
平 恋来美(ここみ)です。
平 恋来美(Cocomi Taira)
- 見えない価値を、カタチにする
- プロデュースブランド
(車椅子着物 / 五島の蜂蜜etc) - 上場企業商社13年勤務
- パリコレ出身・石渡チカと
個人ブランドを設計する
先に言っておくと、
本当に壊れかけている人に
「休んで」と言うのは
正しいです。
今日の話は、
そこではありません。
壊れていない人、
むしろ頑張って
ちゃんと結果を
出してきた人が、
同じ処方を
受け取ってしまったときの話です。
自己理解やマインドの
世界には、定番の
処方箋があります。
自立しすぎ → 甘えられる女性になろう
負けず嫌い → 勝ち負けを手放そう
論理的すぎ → 頭ではなく、感じよう
完璧主義 → もっと力を抜こう
認められたい → 他人の評価を手放そう
見てほしいのは、
左側です。
頑張れる。
自立している。
負けず嫌い。
論理的。
完璧主義。
これ、全部
仕事で結果を出す人の
条件じゃないですか。
それが右側では、
全部「治すもの」に
なっている。
よく言われる言葉に、
こういうのがあります。
「その鎧を脱いだら、
本当のあなたに
なれますよ」
壊れかけている人には、
優しい言葉です。
でも、結果を出してきた人が
これを聞くと、
こうなります。
いや待って。
その鎧、
私が20年かけて
鍛えた装備なんですけど(笑)
その負けず嫌いで
数字を作ってきたし、
その完璧主義で
信頼を取ってきたし、
その自立で
自分の人生を
自分で払ってきた。
現実の証拠を持っている人に、
その能力ごと
「傷でしたね」と言うのは、
処方じゃなくて
没収です。
傷から生まれた能力は、
確かにあります。
認められなかったから、
証明しようと頑張った。
頼れなかったから、
自立した。
出自はそうかもしれない。
でも——
傷から生まれた能力だからといって、
その能力まで傷ではありません。
そしてこの処方には、
もう一つ問題があります。
真面目な人ほど、
真面目に実行してしまう
ことです。
私が実際に
見てきたパターンです。
↓
家事を、ある日いきなり止める
↓
家族が、大混乱
↓
結局、誰かが尻ぬぐい
↓
「ママ、いなくてもよくない?」
↓
最悪、離婚
極端に見えますが…
あるあるです。
頑張れる人は、
「頑張らない」も
頑張るんです。
処方が言いたかったのは
たぶん「配分を変えよう」で、
能力を止めることでは
なかったはずなのに——
雑な処方は、
真面目な人の手で
そのまま実行されて、
家庭ごと壊します。
処方箋が雑だと、
一番被害を受けるのは、
一番真面目に飲んだ人です。
私自身の話をします。
負けず嫌い。
正確さへのこだわり。
証明したがり。
まあ、私ってまさにこれ。
負けず嫌いだから
働くし、資格とるし。
正確さにこだわるから
品質異常にあげてくるし(笑)
こっちのほうがぜったいいいでしょ!
って自分の正しさを証明したがる。
会社員時代、
この特性で自分を
追い詰めたことは
何度もあります。
正当に評価されない
悔しさを、
仕事の量で埋めようとして。
周りとも衝突しましたね。
でも同時に——
私が上場企業で13年
やってこられたのも
起業して
ここまで来られたのも、
まったく同じ三つの特性のおかげでした。
私をここまで連れてきたものは、
同じだった。
だから「手放しましょう」
と言われても、
手放せません。
手放したら、
追い詰めるものと一緒に、
ここまで連れてきたものも
なくなるからです。
必要だったのは、
捨てることでは
ありませんでした。
見るべきなのは、
その武器を
持っているかどうかでは
なくて——
何のために
振るっているかです。
→「私には価値がある」と
証明するため
いまの私の負けず嫌い
→ 見えない価値を見つけて、
カタチにするため
能力は、1ミリも
変わっていません。
向いている方向が
変わっただけです。
それで、車いす着物も、
蜂蜜プロデュースも、
この仕事もできました。
同じことを、
私の講座に来た人たちにも
見てきました。
20年、保育の現場で
子どもを見続けてきた人は、
その20年を「もう疲れた」
ではなく、
ママを助ける発信として社会に
返しはじめました。
ずっと自分を
後回しにしてきた人は、
「もっと自分を大事に」
ではなく、
同じ場所にいる人を
助ける側に回りました。
どちらも、
武器は捨てていません。
矛先が、変わっただけです。
だから私は、
武器を捨てることが
自己理解だとは
思っていません。
自己理解とは、
自分の武器が
何を叶えるためのものだったかを
知ることだと
思っています。
最後に、ひとつだけ。
あなたの負けず嫌い、
あなたの完璧主義、
あなたの自立心。
それは今、
何を証明するために
振るわれていますか。
それとも、
何を作るために?
ここまで読んで、
「私、武器ごと捨てさせられ
そうになっていたかもしれない」
そう感じた方へ。
私が作っている分身AIは、
あなたを治すためのものでは
ありません。
あなたの武器が
本当は何を叶えるためのものか、
あなた自身の言葉で
取り出すための鏡です。
捨てずに、矛先を
見つけたい方へ——
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