最近、
こんなことを考えていました。
「善意の人って、
稼ぐのが下手なのかな?」
人のために動ける。
困っている人を、放っておけない。
目の前のお客さんには、
できる限りのことをしてあげたい。
そういう人ほど、
なぜかいつも忙しくて、
なぜか利益が残らなくて、
なぜか貧乏くじを引いている。
でも、お客さんからは
めちゃくちゃ好かれている。
私のクライアント
こういう人が多いのですが
これ、なんでだろうなと。
善意が悪いんじゃない。
善意の「使いどころ」が
ずれているだけでした。
正当な評価を得られない女性を
勝てる「ブランド」に育てる
パーソナルブランドプロデューサー
平 恋来美(ここみ)です。
平 恋来美(Cocomi Taira)
- 見えない価値を、カタチにする
- プロデュースブランド
(車椅子着物 / 五島の蜂蜜etc) - 上場企業商社13年勤務
- パリコレ出身・石渡チカと
個人ブランドを設計する
最初は、
「優しい人って、
ビジネスに向いてないのかな?」
とも思いました。
たぶん、違います。
むしろ逆です。
今日は、善意の人が
善意を手放さずに
ちゃんと稼ぐための話を
します。
善意の強い人は、
相手を最初から疑いません。
「今は、できていないだけかもしれない」
「ここまでやったら、届くかもしれない」
普通なら
「いや、そこまでやる?」
というところまで、やれる。
だから、
「こんなに自分のことを
考えてもらったこと、ない」
が起きます。
鑑定でも、コンサルでも、
カウンセリングでも、教育でも。
人を相手にする仕事では、
人を信じられること自体が、
かなり強い能力です。
ただし。
その性善説を、
そのままビジネスの
判断基準にすると、事故ります。
「何か事情があるんだろう」
「困ってるなら、ここまでやってあげよう」
「お金のことを言うのも悪いし」
「ちゃんと説明すれば、分かってくれるだろう」
これを全部やっていると、
不思議なことが起きます。
相手が負うはずだったコストも。
相手が取るはずだった責任も。
相手側にあったリスクも。
最終的に全部、
自分のところに
集まってくる。
そして、
めちゃくちゃ感謝される。
めちゃくちゃ信頼される。
めちゃくちゃ、いい人と言われる。
でも、
お金は残らない。
本人だけが、疲れている。
「なんで私ばっかり、
こんな目に遭うんだろう」
となるんだけど、
よく見ると——
他人の貧乏くじまで、
自分から回収しにいっている。
善意が悪いんじゃ
ありません。
善意を「判断基準」に
していることが、問題なんです。
善意そのものは否定しません。
ただ、その後ろに
一つずつ質問を足してみてください。
→ で、そのコストは誰が払うの?
この人を信じたい。それもいい。
→ で、約束が守られなかったとき、誰が責任を取るの?
ここまでやってあげたい。それもいい。
→ で、それをずっと続けても、自分は潰れないの?
これは、
優しいとか冷たいとか、
善人とか悪人とか、
そういう話ではありません。
設計の話です。
私も、基本的には
性善説で人を見ています。
「この人にも事情があるんだろうな」
「悪気はなかったんだろうな」
「ちゃんと話せば分かるだろうな」
と思うことも多い。
そして普通に、
それで痛い目を見たことも
あります(笑)
だから最近は、
これくらいで
ちょうどいいと思っています。
仕組みには、性悪説。
人は信じる。
でも、契約は作る。
期限は決める。
お金は、ちゃんともらう。
責任の範囲は、分けておく。
たとえば、家の鍵。
出かけるときに
鍵をかけるのは、
近所の人を泥棒だと
思っているからでは
ありません。
鍵をかけておけば、
いちいち近所の人を
疑わなくて済むからです。
仕組みも、同じです。
人を信じたいからこそ、
仕組みは、人を信じなくていいように
作っておく。
相手がいい人でも、
ミスはします。
約束を忘れることもある。
認識がズレることもある。
そして当然、
世の中には
善意だけでは動かない人もいる。
そのたびに
「そんな人だと思わなかった」
「悪気はないと思った」
で、全部自分がかぶっていたら、
そりゃ疲れます。
一番もったいないのは、
何度も傷ついた結果、
「もう、人なんて信用しない」
になってしまうことです。
それ、ノーガードで殴られ続けて、
最後に武器ごと捨てているんですよ。
捨てるべきだったのは、
信じる力じゃなくて、
ノーガードのほうです。
人を信じることを、
やめる必要はありません。
信じることと、
ノーガードでいることは、
全然違うからです。
人を信じながら、
契約は作ればいい。
人に優しくしながら、
料金はちゃんともらえばいい。
相手の事情を理解しながら、
「でも、ここから先は
あなたの責任です」
と言っていい。
善意と境界線は、
両立します。
むしろ、
長く人に優しくありたいなら、
境界線は必要です。
善意は、
「何のためにこの仕事をするのか」
に使う。
いくらで売るのか。
どこまでやるのか。
誰が責任を持つのか。
何が起きたら断るのか。
そこまで、
善意だけで決めない。
善意をなくすんじゃなくて、
善意が食い潰されない構造を、
つくる。
そのほうが結局、
長く人に優しくできると、
私は思っています。
最後に、ひとつだけ。
あなたが最近
「まあ、いいか」と
引き受けたこと。
それ、本当は
誰が持つはずのものでしたか。
ここまで読んで、
「私、他人の貧乏くじまで
回収していたかもしれない」
そう感じた方へ。
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