あの坂の上で始まった、いまにつながる物語 | 癒しと気づきで魂と繋がり、私らしく人生を楽しむセラピーと日々

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魂の地図を紐解き、“ほんとうのわたし”と出会う旅へ。
数秘・禅タロット・星読みを使って心の声を引き出し、米粉スイーツでほっとするひとときをお届けする、癒しと気づきのスイーツセラピストです。

【40年越しにほどけた、あの日の想い】 


高校時代の仲間たちとの宴。 

今回は、先生方も来てくださいました。 

懐かしい顔ぶれの中に、変わらない笑顔。 

それだけで、なんかグッと来る⋯



昭和の先生って、厳しくて、でも誰よりも人間くさくて、あたたかかった。 

あの頃は気づけなかったけれど、私たちはちゃんと見てもらえていたんだなと、今になってわかります。 


担任だったK先生(体育)  当時32歳?

1、2年とお世話になり、3年の就職活動のときには、余命わずかだった母も一緒に、三者面談をしてくださいました。 

あの短い時間の中で、母はどんな想いを託したんだろう。 

そして先生は、それをどれだけ受け取ってくれていたんだろう。 

今となっては確かめようもないけれど、 

その後に起きた出来事を思うと、ちゃんと届いていたんだと感じます。 


夏休み。 

私が入社することになる会社の人事課長が、

ふらりと学校を訪れ、対応したのがK先生。 

しかも同郷の山口県出身。 


そのご縁から、

「ひとり、うちにください」

と声をかけてくださったそうです。 

進路に迷っていた私に、その話が届き、 

学年でいちばん最初に就職先が決まるという出来事に。 

偶然と言えばそれまでだけど、あまりにも出来すぎていて、今でも思ってしまうんです。 

あれはきっと、母とK先生、そして見えないどこかで見守ってくれている存在たちの、静かな連携だったんじゃないかと。

(たぶん、裏で誰かがめちゃくちゃ優秀に段取り組んでた気がするけど…笑) 


あのご縁の先に、今の私がいて、夫や子どもたちという家族がある。 

そう思うと、胸の奥がじんわりあたたかくなります。 


副担任のM先生、日本史の先生。 当時28歳

社会が苦手だった私が、唯一夢中になれた日本史の授業。 

変わらず穏やかで、懐深くて、説得力ある語り口に、あの頃の教室の空気がふっとよみがえりました。 


K先生からみんなに。
手作りの素敵なブックカバーをいただきました。
着物生地?帯? のリメイクだそう。
ネックレスや服も、リメイク生地で作られていて、次回はそのネックレスが欲しいです〜!
と要望してきました(笑)←図々しいあせる


先生2人と、生徒7人。 

いただいたお蕎麦のコースは、全てが美味しくて、写真撮り忘れました(笑)


たくさん笑って、少しだけ静かになって、 

それぞれが、それぞれの時間を生きてきたことを感じる夜でした。 


出会って40年。 

大田区の “陸の孤島” なんて呼ばれていた、あの坂の上の高校。 

不便で、地味で、決して華やかではなかったけれど、あの場所には、ちゃんと人のぬくもりがあった。 

そしてそのぬくもりは、40年経っても、ちゃんとここに残っている。 


あの場所を選んだ15歳の私へ。 

ありがとう。 

あなたの選んだ道は、ちゃんと今につながってるよ。 


なかなか見る目あるじゃん、私 (笑)


また会う日まで、みんな元気でいて下さい。

私も自分のお役目、一所懸命取り組みますね!




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