【40年越しにほどけた、あの日の想い】
高校時代の仲間たちとの宴。
今回は、先生方も来てくださいました。
懐かしい顔ぶれの中に、変わらない笑顔。
それだけで、なんかグッと来る⋯
昭和の先生って、厳しくて、でも誰よりも人間くさくて、あたたかかった。
あの頃は気づけなかったけれど、私たちはちゃんと見てもらえていたんだなと、今になってわかります。

1、2年とお世話になり、3年の就職活動のときには、余命わずかだった母も一緒に、三者面談をしてくださいました。
あの短い時間の中で、母はどんな想いを託したんだろう。
そして先生は、それをどれだけ受け取ってくれていたんだろう。
今となっては確かめようもないけれど、
その後に起きた出来事を思うと、ちゃんと届いていたんだと感じます。
夏休み。
私が入社することになる会社の人事課長が、
ふらりと学校を訪れ、対応したのがK先生。
しかも同郷の山口県出身。
そのご縁から、
「ひとり、うちにください」
と声をかけてくださったそうです。
進路に迷っていた私に、その話が届き、
学年でいちばん最初に就職先が決まるという出来事に。
偶然と言えばそれまでだけど、あまりにも出来すぎていて、今でも思ってしまうんです。
あれはきっと、母とK先生、そして見えないどこかで見守ってくれている存在たちの、静かな連携だったんじゃないかと。
(たぶん、裏で誰かがめちゃくちゃ優秀に段取り組んでた気がするけど…笑)
あのご縁の先に、今の私がいて、夫や子どもたちという家族がある。
そう思うと、胸の奥がじんわりあたたかくなります。

社会が苦手だった私が、唯一夢中になれた日本史の授業。
変わらず穏やかで、懐深くて、説得力ある語り口に、あの頃の教室の空気がふっとよみがえりました。
先生2人と、生徒7人。
いただいたお蕎麦のコースは、全てが美味しくて、写真撮り忘れました(笑)
たくさん笑って、少しだけ静かになって、
それぞれが、それぞれの時間を生きてきたことを感じる夜でした。

大田区の “陸の孤島” なんて呼ばれていた、あの坂の上の高校。
不便で、地味で、決して華やかではなかったけれど、あの場所には、ちゃんと人のぬくもりがあった。
そしてそのぬくもりは、40年経っても、ちゃんとここに残っている。

ありがとう。
あなたの選んだ道は、ちゃんと今につながってるよ。
なかなか見る目あるじゃん、私 (笑)

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