我が家の葬祭は神式です。
何故かと言うと。
もともとは檀家だったんです。それも松本では結構有名な某寺。
(某寺←なんと読むでしょう?ボウズがいるからボウジなんちゃって。さむっ!)
ある日、某寺をリフォームするので各檀家は200万寄付をしろと~~
ぶちぎれた父は
「金払ってボウズに適当な供養してもらうより、家族から毎日仏壇に向かって
「ありがとー」と言ってもらった方がよっぽど供養になる!」
と訳ワカメの発言をして、檀家をやめました。
実際父の葬儀は初めての神式で行ったのですが、
その時来てくれた穂高神社の神官さん達が行う
御祓詞や賑やかな雅楽が「ああ、日本だなあ」と思ったのでした。
それ以来、穂高神社へ感謝の参拝に行くのが日課となりました。
(日課はおおげさだな、シューイチだし)
そっと、わずかなお賽銭を入れ、「今日もありがとうございます」。これだけ。
よく、お賽銭を投げるように入れ、ブツブツと願い事を唱えていたり、
パワースポットと言われるご神木を、これでもか!と
撫で回したりする人がいますが、どうなんでしょうね。
「願いを叶えろ~~」とか「ウンよ良くなれ~~」とか拝んでも
自分の努力でしか、願いも運も変えられないのではないでしょうか。
神社には森がつきものです。鎮守の杜と言いますから。
森のマイナスイオンは通常の空気よりも13倍も濃いのです。
森の空気に触れる事で、
体内のナチュラルキラー細胞(ガンとか悪い細胞を食べてくれる)が
1.4倍も増えます。
だから、森林浴の必要性もあながちウソではないんですね。
でも、そうそう森には入れませんから、近所の神社で済ませるわけです。
感謝もできるし、身体にもいいし、一石二鳥だよ~ん。
と、言う事で、明日は土曜日参拝日~。境内で行き会っちゃうかも。(誰と?観光客と!)