子どものころの、ある記憶が

ときどき、脳裏に

再生されます。

 

 

 

母親と子供たちの手つなぎイラスト

 

 

 

幼稚園の年長のときの

担任のO先生は、

きびしくて有名

な方でした。

 

 

 

女性でしたが、

たたずまいからもう

キリッとして、こわい。

 

さまざまな面で

きびしく…

 

その先生の

授業のときは、園児の間に

ある種の緊張感

が走っていました。

 

 

 

お昼ごはんは

残すことが許されず…

 

全員、先生に

お弁当箱を見せて

完食したことをチェック

される決まりがありました。

 

お米の粒、一つ残っていても

ダメ出しされ、

最後まできれいに

食べる。

 

 

 

ただ、O先生は

最初に

なぜ、それをするか

…ということを、

説明してくださいました。

 

 

 

 

食べものは、誰かが

一生けんめいつくったもの。

 

お米は、農家の方々が

長い時間をかけて、丹精こめて

育ててくださったもの。

 

 

 

それを、お母さんが

一生けんめい、お弁当を

つくってくれた。

 

私たちが、元気に

生きるために。

 

 

 

だから、

無碍にしてはいけない。

 

だから、感謝して

残さず食べましょう。

 

 

 

感謝して弁当を食べる子供たち

 

 

 

はるか昔の話ですから

文言は、正確には

覚えていませんが…

 

先生が、

上記の意味のことを

説明してくださったので…

 

幼児ながら、

ちゃんと納得して

お弁当箱を見せる列に

並んでいた記憶が

あります。

 

 

 

お弁当制なので、

子どもが食べられないもの

は、母親が

お弁当に入れませんから…

 

食べられないものを

強制的に、食べさせられる

…という事態は

起こりません。

 

だから、先生も

こういった食育を

実践できたのかな、と

思います。

 

 

 

オムライス、ハンバーグ、エビフライの洋食プレート

 

 

 

それは「いいこと」だと

思うのですが、

困ったこととして…

 

岡田さんには、

大人になってからも

食べものを残せない癖

がありました。

 

 

 

「食べものを残さない」という

厳しい教育は、

諸刃の剣で…

 

出先で、体に合わない食べものが

出てきたときなどは、

残したほうがいいし…

 

家で食べるときも、

お腹がいっぱいになったら

食べるのをやめて、

残ったものは、取っておけば

いいわけです。

 

 

 

だけど、

それができなかった。

 

お弁当箱が、

米粒一つ残っていない

ピカピカの状態

になるまで、

「OK」がもらえなかった記憶

が、無意識に

残っていたからです。

 

 

 

たべものは、ぜんぶ食べて

お皿がピカピカにならないと

自分は「OK」じゃない。

 

…そんな「思い込み」。

 

 

 

だがしかし。

 

 

 

駄菓子屋のイラスト

 

 

 

それは、自分が

勝手に、事実を拡大解釈して

勝手に「採用した」思い込み

であり…

 

大人になって、

それは無茶であり

臨機応変に対応していい

…ということが

わかっているのだから、

やればいいのです。

 

 

 

O先生の食育の「本質」は、

「食べものを残さないこと」に

あるのではなく…

 

つくった人に

感謝の気持ちを持つ

…ということ。

 

 

 

なのに、食べものを

「残さないこと」に

こだわっていたら…

 

「感謝の気持ちをもつ」という、

O先生が、ほんとうに

伝えたかったこと

…が、理解できていない

ことになります。

 

 

 

いつまでも、記憶を

みずから望んで

固く握りしめ…

 

食べたくないものを

食べつづけるのは、

はたから見れば

コントでしかない。

 

 

 

怒るうさぎがお弁当を片付ける

 

 

 

…そんな自分を

俯瞰できたとき、その癖は

手放すことが

できました。

 

 

 

まとめ

 

「子どものころのできごと」を

「いまの理解力」で解釈しなおすと、

「何か」が解ける。