術後は痛みと熱との闘い | 毛玉とか旅とか

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術後のお話です。

 

ふと目が覚めると、ベッドに乗せられて部屋に運ばれている途中でした。

時間を問うと「13時です」と教えてくれましたが、また意識がなくなりました。

 

コロナ禍以前は手術当日は付き添いが可能でしたが、今はそれも不可なため、家族は手術の終了が分かりません。

その連絡は自分ですると術前に説明を受けていましたが(出来るの?という不安でいっぱいでした)、意識が朦朧としているので出来ません。

ようやく連絡できるようになったのは16時。

 

術後2時間したら水分摂取が可能なので、看護師さんにお水をいただき、夫に電話📳

「終わった。みんなに伝えて」とだけしか話せませんでした。

何故かというと、喉が痛くて声がガラガラだったからです。

麻酔時の気道確保の挿管の影響です。

 

徐々に目が覚めていくと、痛さが分かってきます。

ただし、痛いのは腹部ではなく、腰!!!

 

甲状腺がん手術のときも同じことに悩まされましたが、術中に同じ姿勢をしていることにより、椎間板ヘルニアが急激に悪化するのです。

術前に医師や看護師さんに説明をしているので、症状を訴えると麻酔を少し増やしてくれますが、痛さが10から8に下がった程度で、痛さそのものは継続。

 

後からだと笑い話ですが、何故毎回手術をした患部ではなく、腰の痛みに苦しめられるのでしょう…。

ちなみに父は開腹手術を2度受けていて、2度とも腸閉塞に。

困った親子です。

 

その後、手術による発熱。

これは生体防御反応であり、ごくまっとうな熱。

ただし39℃まで上がったので、しんどかったのは事実です。

 

これに加え、喉の痛みと喘息症状のために咳が出てきて、まさに地獄。

持参していた喉ドロップを舐めますが、焼け石に水。

熱のために眠れず、腰の痛みのために体勢を変えようとすると腹部も痛み、咳をすると腹部の痛みが最高潮に。

 

そんな中飲んだお水の美味しさは今も忘れません。

術後すぐの思い出は、ただただ苦しかったということだけです。

 

 

↑あんよが短く、そこが可愛いよもたん。

苦しみの中の私を救ったのは、夫が送ってきた我が子の写真。

 

スマホを握りしめ、画像を見ては「この子たちとの生活のために乗り切ってやる!」という気持ちが湧いてきました。

 

続きます。