人と石を繋ぎ、人と龍を繋ぐ妻かずみんと凸や凹を楽しみながら、
夫婦龍遣いとして毎日龍にまみれて楽しく龍活中!!
一筆龍絵師の永田です。
私が生み出す龍は
🐉開運招福🐉
🐉千客万来🐉
🐉商売繁盛🐉
🐉事業繁栄🐉
を引き寄せます。
私のプロフィールや公式LINE、
煌堂のラインナップはこちら
正直に言いましょう。
大災害が起きたとき、一筆龍は何の役にも立ちません。
龍の絵でお腹は膨れないし、壊れた家を建て直すこともできない・・・
物理的な「生存」するフェーズにおいて、一筆龍は明らかに「無力」なもの。
![]()
![]()
![]()
自己表現の一つとして一筆龍を描くことを生業としていますが、その事実に少なからず「無力感」を感じていました。
でも、ふと気づいたんです。
江戸時代から現代まで、数えきれないほどの飢饉や火事、震災を乗り越え、今もこの文化が残っているのには理由があるはず。
それは、「心が折れたら、明日は来ない」と知っていたからではないでしょうか。
物理的な復興の前に、
まず「立ち上がる心」が必要だった。
一筆で描ききる龍の胴体は、途切れない希望の象徴。
絶望の中にいた人々にとって、それは「生きる意味」という名のインフラだったんです。
江戸時代、火事や疫病が日常茶飯事だった人々にとって、龍は水を司り、災いを払う守護神でした。
「これがあるから大丈夫」という根拠のない安心感こそが、過酷な時代を生き抜くための最強のメンタルケアだったのだと思います。
一筆龍は、
「縁が途切れない」
「お客が途切れない」
「運気が途切れない」
「財が途切れない」
視覚的なメッセージを届けられる一筆龍は、明日が見えない不安な時代ほど、人々に強烈な希望を与えたはずです。
そして、一筆龍という文化は「生きる意味」をくれるもの。
生存(サバイバル)の次に来るのは、生活(ライブ)です。
もし世界から芸術や文化がすべて消えて、ただ食べて寝るだけの生活になったら、人は何のために生きているのか分からなくなりませんか?
文化があるからこそ、人は長い時間をかけて他国に足を運びます。
一筆龍が今も継承されているのは、それが単なる「絵」ではなく、「日本人が何を大切にしてきたか」というアイデンティティそのもの。
先人たちが困難の中でも筆を捨てなかったのは、それが「人間としての誇り」だったからに他なりません。
こうして記事を書いていて、一つ思い出しました。
京都一筆龍の手島さんが生み出す一筆龍の動画を初めて見て大感動したとき、それは「便利だから」感動したわけじゃありません!
「理屈を超えた生命の輝き」
私の生き方を大きく変えてくれたのが一筆龍だったということに、改めて気付くことができました。
そして、あちらこちらで今も争いが続いていて、あらゆる物価が上がっていても給料はなかなか上がらない現状に、一つの大きな決断をしました。
続きは次回に。
龍雲(どこにいるか分かるかな?)



