植物に人の助けは必要なのか | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

植物に人の助けは必要なのか。

助けなど必要なく、逆に植物に助けられている。

ずっとそのように感じて生きて来た。

 

人類が誕生したのは地球史では近代であり、数億年前から植物が環境を整えて来た。

植物は海の藻類から始まり、海中に酸素を満たし、大気の仕組みを築き、充満した酸素はオゾン層を遮断。

地上に進出した植物は根を張ることで保水出来る表土の仕組を築き上げた。

 

これらすべての条件が整わなければ動物は生きて行けない。

地球生命史の末席に座る人類など、浅はかな知性では恐れ多くて足元にも近寄れない。

 

しかし人間は脳もなくもの言わぬ植物をはるか下に見ているようだ。

見境なく木を切り倒し、表土を破壊して自らの首を絞めている。

交配させて自分達の都合の良い種を作り出し、植物の意に沿わない環境で量産しようとして来た。

食用の為の家畜や養殖魚と同じ扱いだな。

 

植物の仕組みを完全に理解していれば問題は起きないが、そうではない。

認識の間違いが環境問題、健康問題、飢餓貧困問題を呼び込んだ。

自分達で呼び込んだ災いを解決出来ないことが間違いを証明している。

 

野人は協生農法を作るまで農業に関心はなく、最も避けたい仕事だった。

自然界の植物、樹木、山菜薬草木の実などの図鑑・書籍の所有は百冊を超えるが、農業関係の本は一冊も読んだことがなく、花屋さんの花の名も知らない。

 

海や川の生物・森の草木には精通しているが、農業における種の知識や苗の知識、育て方、剪定法、堆肥や土づくりなど全く知らない。

講習生にも、「野菜や種のことは聞くなグラサン汗」と言い続けたが、園芸嫌いで野菜食べないのだから仕方がない。

 

しかし、農業として成り立たせる為にこの農法を作ったのだから、収量に影響を及ぼす野菜果物の管理法は必要。

それは野人の領域ではなく、農家や家庭菜園をやる人達に考えてもらいたい。

そこまでは手が回らないからだ。

 

数種の種はボールにまとめて5分で直播を続けたが、昨日の記事のように苗床に種を蒔いたのは初めてだな。

タネ蒔くだけなら誰でも出来る。数が問題だったが・・

 

自然界の仕組みに反する現農法に「理論」と言う基本的な道理を持ち込み、環境と健康を阻害することなく小規模・中規模関係なく誰もが業として成り立つ方法。それがこの農法を作った目的だ。

 

基本的な仕組みに反しなければ色んな創意工夫が効果的となり、完全な植物が多く生まれる。

この理論を活用してどのような新たな技が皆さんから生まれるのか、楽しみの一つだな。

協生農法とは植物と対峙する基本的な内容に過ぎない。

 

心身維持復元法も同じだな。

植物同様に、動物の基本的な仕組みを理論化したものであり、何が効くか、どうすれば治るかを伝えるものではない。 結果としては遠巻きに記しているが・・・

 

植物の仕組みがわからなければ動物の仕組みも人体の仕組みもわかるはずがない。植物を間違えれば動物も間違える。

 

野人は医師でも健康学者でもなく森羅万象の仕組みを解く者。

本来は必要ない学問常識の壁を迂回して新たな道を切り開く役割だ。

そこにいつまでも執着して探求も出来ず、他にやることが山ほどある。

 

野人の志・・・その3合目に届いたばかり。

 

あと数十年かかりそうだが、手抜きしながら頑張らず、テキト~に体を持たせないとな。

真面目に努力するより、その方が思考の視野は広がる。

1%の可能性、無から有を生みだすには必要なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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