母の遺言を聞く | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

数カ月ぶりに母の家に行き話を聞いた。

机の上に何やらごそごそ書類やら通帳やら手紙を出してきた。

そして、言葉は常に両耳から鼻の穴へと抜けて行く野人にお説教を始めた。

「よく聞いておきなさいよ」と念を押すのだがあまりアテにはしていないようだ。

母は88歳だが、週に3度は何やら出かけている。

短歌に詩吟にコーラスにフォークダンス、他にもある。

仲間は声も体力も続かず引退、あるいは亡くなったが、デカ声で最高齢、炊事洗濯も現役でピンピンしているのだ。

入院を要する結核を働きながら念力で化石にした迫力はまだ残っている。

遺言など10年早く100歳間近で良いのだが仕方ない。


真っ先に言い渡されたのはお葬式について・・・

葬式代の相場など知らない野人に桁が違う通帳を見せてくれた。

葬式代など気にしなくても良いのだがこれも付き合いだ。

他にも連絡事項がたくさんあるようだが野人には覚えられない。

「母ちゃん、それマジックで葬式代・・と書いておいて」

そう言うと母は・・

「葬式なんて必要ない、皆さん忙しいのに遠くからわざわざ来てもらうのは忍びない」

「和尚さんの謝礼と火葬代でいいから後は有効に使いなさい」

「葬式代と書くと、言ったことも忘れるあんたは全額葬式に使い切るでしょう」

母は野人のお金の使い方をよく知っている。

自分の為にはあまり使わないから土地も家もなく家具らしきものも買ったことがない。

貯金もなく、今も学生の時と変らず徒手空拳だが夢も志も色褪せてはいない。

上場企業に23年、退職金は使い果たし、会社を興してからもロクに給料はもらっていない。

数千万のヤマハの退職金の内1千万以上は人にあげた。

電話で会社に助けを求めて来た初対面の老夫婦の家に行ったその日に、「何も死ぬことはない」と、サラ金などの借金数百万を清算した。

それから数年間、生活費と寝たきりの奥さんの医療費を毎月送り続けた。

手元になければやれないが、あったからやれたこと、特に深くは考えない。

母にその話をすると、最初はあきれていたのだが「あんたらしいねえ」と笑っていた。

有効に使いなさいと言うことは野人の信じた通りに使いなさいと言うことなのだ。

希望通り世間一般的な葬儀はやらないことにした。

野人も母同様に自分のお葬式などいらないと思っている。

元々葬式の形などはなかったものだが、区切りとして何かやらなければ気が済まないから生まれたものだ。

たまたま和尚さんが適任だろうと役割を仰せつかったのが始まりだ。

仏教が伝わらなかったら今のお葬式の形はなかっただろう。

ただ、お葬式をやるかやらないかは残された人が決めることで、その人の心の問題、野人が世を去る時はとやかく口を出すつもりもない。

好きなようにすれば良いのではなかろうか。

武田信玄は自分の死後3年間はそれを隠せと遺言したようだが、残された人達の事をよく考えている。

それくらいの遺言は適当に考えておこう。

仕事柄、26歳で万が一の時を考え母宛てに遺書は書いたことはあるが役に立たず良かった。


遺言の後、いつものように野人にお小遣いをくれたが、はいはい・・と頂戴した。

子供の頃からお小遣いを渡すのが生き甲斐なのだから気持ちは尊重している。

金額は1万円から3万円くらいだが、惣菜やお菓子も持たされる。

サラリーマン時代の賞与も何度か、退職金も一部あげたが全額使わずに貯金、そして野人のお小遣いに化けてしまう。

母は翌日、30分以上歩いてお寺の和尚さんに段取りを頼みに行った。