年中噴煙を上げている諏訪瀬島の御岳が噴火した。毎日が噴火みたいなものだから別に驚きはしないが、これまでにない大きな噴火だ。風向きによって噴煙が降り注ぐのにはもう慣れていた。海で釣りをしていてもド~ンと言う音に振り返ると、噴火口から岩が舞い上がるのが見えた。目測で直径数mの火山岩が確認出来る。しかしいちいちそんなことを気にしていては島には住めない。無視するか、「やかましい~」と御岳の神に文句言うしかない。島には観測所もないし誰も噴火予測は出来ない。まあ毎日が噴火だからその必要もないのだろう。大噴煙が当たり前で静かなほうが珍しいのだ。夜は山頂が真っ赤に燃えて溶岩が飛び散るのが見えるが、「毎日が打ち上げ花火」だと思えば良い。村民は別に避難するわけでもない。しかし今回の噴火は一番規模が大きい。噴煙は島を覆い尽くすくらいで、まるで黒竜に呑み込まれるようだった。夜中も爆発の音がうるさい。視界をさえぎるくらいの火山灰が降り注ぎ、中には小石ほども軽石も降ってきた。それでも誰も避難しないのだ。現代では考えられない話だが、大正時代には大噴火で集落が全滅した。今の住民はその後奄美のほうから移り住んできた。ヤマハの飛行場は突き出た岬の高台にあり、避難所にもなっているが、地盤は溶岩であり、ここまで溶岩が流れてきたと言う事なのだ。そうなれば最後は船で脱出するしかない。島民全員が脱出出来るだけの船はヤマハが所有していた。国内に火山はたくさんあるが、諏訪瀬島はいつでも集落まで溶岩が流れてくる可能性が高い。海岸線も溶岩だらけで草木一本生えていない場所も多いのだ。海底火山の活動も活発だ。海が濁れば噴火したのがわかる。その数ヶ月前、ヤマハ社長のじいさんが、噴火口を見たいととんでもないことを言い出した。当然途中からは道などないのだ。言い出したら聞かない。無理ですと言おうものなら「やってみなくちゃわからないじゃないか!」と怒るのが口癖だ。ボディガードとして当然お守りすることになった。噴煙はチョロチョロだったが先はまったくわからない。標高は八百mだが、海底からの標高は千四百mだ。海もジャングルも得意なのだが、重力に逆らう山登りは昔から苦手だ。途中までの車道もないから最初から徒歩だ。荷物を持ってゼイゼイ言いながらじいさんの後を付いていくと、「海の者は山は駄目だな」と笑う。本人は手ぶらだから気楽なものだ。溶岩につまづいて転びそうになり体を支えると、「わしはモウロクしとらん!余計なお世話だ!」とまた怒る。煮ても焼いても食えないじいさんだ。今噴火したら・・それこそ目がテンになるだろう。必死で駆け下りることになる。それを考えると笑えてくるのだ。たまたまピクニックは無事に終わったが、二度と御免こうむりたい。じいさんはともかく、バーベキューになるにはあまりにも若すぎる。噴煙が降り注ぐ度に船のデッキは灰で埋まり掃除が大変だ。レールも掃除しなければ脱輪してしまい、クレーンやデリックの点検もある。桜島のある鹿児島も年中火山灰との戦いに振り回されている。街中を除雪車ならぬ除灰車が水をまきながら走っている。灰の量が多いとジープのワイパーも動かない。唯一オフロードのバイクで水中眼鏡をして走れば港まで点検に行けるがスリップして転ぶ事もある。中途半端な雨が降ればぬかるみになり、走行不能だ。黒潮本流の海は潮流が速く、海底の珊瑚には灰のかけらすら見当たらない。見渡す限り青く澄み渡る海を見る度にその偉大さを感じてしまう。