「見ぃ~つけた!」
僕が生まれる前の航空史です。
この史実を聞いたり、写真を見せて貰ったりで僕は知っていました。
でも、若い人は信じてくれないんです。
史実を語って信じて貰えないのは僕の人徳でしょうが、
吉野川に航空路線があったのはホントだからね~!
徳島で戦後初の民間航空路線開業 吉野川南詰め河川敷 1957(昭和32)年 (msn.com)
徳島で戦後初の民間航空路線開業 吉野川南詰め河川敷 1957(昭和32)年
徳島新聞社
水辺で花束の贈呈式が行われている。いったい何のイベントなのかと思わせる。ヒントは後方に写る飛行機だ。
1957(昭和32)年、徳島県内で戦後初の民間航空路・徳島―堺(大阪)線が日東航空によって開設された。その就航式を撮影したものだ。
就航したのはカナダ製の水上機D・Hビーバーで、定員は6人。発着場は徳島市の吉野川橋南詰めの河川敷に設けられていた。桟橋と待合所の小屋があるだけの、船着き場を思わせる設備だった。
運航初日の飛行機は堺からの出発が30分遅れ、午前10時に到着した。乗客は5人。初めて飛来する民間航空機を見ようと、500人を超える見物客が集まったという。
就航時の航空運賃は大人2420円、小人1450円。当時の公務員の初任給が大卒で9200円、コーヒー1杯50円だったことからみてかなり高価で、誰もが手軽に利用できるものではなかった。飛行機に乗ったことがステータスになる時代だった。