「あゆの山水」とのご縁《日本一のランチ会と私。vol.10 》 | 足育アドバイザー&保育士 成田あす香のブログ

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みやざき足育センター代表。0歳からの足育とともに、お母さん・お父さんの足も楽しく育て直し♪ 靴選び、運動あそび、姿勢や歩き方の改善など、生活の中でできる足育てをご提案します。

私は、横川裕之さんが全国で開催している「日本一のランチ会」の宮崎での主催の役目をさせて頂いています。
主催って多くの人は「大変な仕事」と思いますよね? 私もそうです。
しかし、私はたった1回ランチ会に参加しただけで、次回の主催を引き受けました。それはなぜか?
それは、「ずっと宮崎の日本一のランチ会を続けていってほしい!」と、心から思うような出来事があったからです。

『日本一のランチ会と私。』と題しまして、初めて参加した2014年8月の日本一のランチ会にまつわる出来事を綴っています。

■ キャシーとの運命の出会い《日本一のランチ会と私。vol.1》
■ キャシーのサクセスストーリー そしてプレゼントって何??《日本一のランチ会と私。vol.2》
■ 内田達雄さんから教えてもらった3つの「ありがとう」《日本一のランチ会と私。vol.3》
■ ランチ会で名前が覚えられなかった話《日本一のランチ会と私。vol.4 》
■ 18秒自己紹介《日本一のランチ会と私。Vol.5 》
■ 18秒自己紹介ワークショップ《日本一のランチ会と私。vol.6》
■ 思考を文字化する~18秒自己紹介ワークショップ~《日本一のランチ会と私。vol.7》
■ 喜び・感謝・満足はNGワード~18秒自己紹介ワークショップ~《日本一のランチ会と私。vol.8》
■ 日本一のランチ会の主催を引き継ぐ《日本一のランチ会と私。vol.9 》

さて、今日のストーリーはこちらです。いよいよ最終回になります。

【あゆの山水とのご縁】



私が初めて日本一のランチ会を主催するのにあたって会場にお願いしたのは、宮崎県綾町の民宿「あゆの山水」。

実は、山水の大女将&社長のおかげで、私たち家族の今日があるという、大変お世話になっている宿なんです。

私たち家族は、2010年3月末に東京より宮崎県綾町へ移住してきました。

夫が「脱サラして農業を始める」と決めたためです。

農業を始めると決めたものの、どこでやるかということは、あてがありませんでした。

その頃、有機野菜の宅配を取っていたので、そのイベントで産地を訪れるなどして、場所を探しました。

しかし、あまりピンと来る場所とは出会えていませんでした。

2009年春。
夫の会社が早期退職を募集するという発表がありました。

農業をすると決めているわけですから、これはチャンスとも言えます。

来年の春は、長男が小学校入学というタイミングでもあり、そのときに合わせて移住し、農業を始めることを決めました。


夫が「農業をしたい」と思ったのは、1冊の本がきっかけです。

それは、脱サラをして宮崎県綾町に移住して新規就農をされた方が書かれた本で、夫はその方に会えれば…と綾町を訪れました。

夫は九州には上陸したこともなく、綾への訪問は、著者に会いたいだけの思いでした。

平日にいい年の男性が1人で旅行。
「何しに来たの?」と聞かれて訳を話すと、知っている農家の方のところや、著者の農園にも案内をしてくださいました。

いろいろな方に親切にしていただき、夫は綾町の人の良さが気に入りました。

*この辺の詳しい話は、「楽しく働く地球人の秘密を探れ!」というブログに掲載していただきました。



2009年夏。
今度は、綾を家族で訪れました。
 
 
我が家の子ども達は場所見知りをするところがあります。

ところが、綾は初めて来た場所にも関わらず、まるで知っている場所であるかのようにのびのびと過ごしていました。

どうやら、ここは合っている場所らしいな、と思いました。


そして、夜ごはんを食べに行こうと思って、町の中心部を歩いていたときのことです。

中学生の子ども達が元気に「こんにちは」と挨拶をしてくれました。

私はとても驚きました。

だって、全く見ず知らずの人に挨拶をする、しかも中学生なんて、東京では考えられないことだからです。

東京で住んでいるマンションでは、マンションの中で挨拶をしても、返事をいただけないことも多くありました。
同じマンションの中なのに…といつも私は悲しく思っていました。


我が家の子供達ののびのびした様子と、中学生の挨拶を見て、私は「この町で子育てすれば間違いはない」と確信しました。

それに、他の場所はどこもピンと来なかったけれど、ここはピンと来た。

きっとご縁があるのだろうと思いました。
 
 
最後に私にとって決め手となったのは「帰りの飛行機に乗り遅れる」という事件です。
 
今までの人生で、こんな大失敗があったことはありません。

「いったいなんで、こんなことになったんだろう??」と問う私に、夫が「いつもしっかりしているあす香が、のんびりしていたからだよ」と言いました。

「私には宮崎のこの時間の流れが必要だ」と、直感で思いました。



2009年秋。
夫は再び、綾町を訪れて、家を探しました。

なんと、町営住宅に空きがある!! あっという間に家が決まりました。

ところが、綾町民の保証人が2人必要だと言われました。

綾町に縁もゆかりもないため、保証人をお願いできる人がほとんど思い当たりません。

唯一思い当たる方がありましたが、残念ながら年齢の規定があり、お願いできませんでした。

保証人が見つからないまま、明日には帰らなければならない…。

そんな夜に泊めていただいた宿が「あゆの山水」でした。

平日に男性一人での泊まりの夫は、大女将に「お仕事ですか?」と声をかけていただきました。

夫は、綾に移住して農業を始めたいこと、家は見つかったけれど保証人がいないことを話しました。

すると、大女将は自分が保証人を引き受けると申し出てくださり、保証人に年齢制限があると伝えると、今度は息子である社長さんにお話をしてくださって、快く保証人を引き受けて下さったのです。

聞けば、大女将のご夫婦は、あゆの養殖をしてほしいと声をかけていただいて綾へ移住してきたけれど、設備投資にお金が必要。
その保証人を、ほぼ初めて会う方が、引き受けて下さったのだそうです。

そのご恩を、こうして私たちに返すことができて嬉しいと、大女将は話して下さいました。

以来、私たち夫婦は、ランチや宴会など、いろいろなときに「あゆの山水」さんにお邪魔しています。


第一線で活躍する社長と若女将を始め、スタッフの全員が、元気な笑顔で、感謝の心に満ちている方ばかり。

だから、ついつい、山水に足が向きます。

2014年8月に初参加した「日本一のランチ会」でお会いした皆さんのお顔を思い浮かべて、ここなら喜んでもらえるにちがいない、と思って決めました。

当日は心をこめたお料理と笑顔でおもてなしをいただきました。
川魚づくしの珍しいお料理、そして広い畳の空間で、アットホームな雰囲気のランチ会となりました。



このとき(2015.1.23)の日本一のランチ会に参加された方のご感想もぜひご覧ください。

こうして、無事に初主催が終了したランチ会。

終わった後の皆さんの笑顔と熱気がすごかったです。

主宰の横川さんと主催の私はまるで忘れられているかのように、お互いの話がつきません。

私は、これが日本一のランチ会の魅力だと思いました。

自分が日本一になり、仲間を日本一にする。
今、まさにその一歩を踏み出されたのだなと、私は感じました。

そして、また私は半年後のランチ会の主催も引き受けることを決めたのでした。

【終わり】

*次回の日本一のランチ会 in 宮崎の情報はこちら*