主催って多くの人は「大変な仕事」と思いますよね? 私もそうです。
しかし、私はたった1回ランチ会に参加しただけで、次回の主催を引き受けました。それはなぜか?
それは、「ずっと宮崎の日本一のランチ会を続けていってほしい!」と、心から思うような出来事があったからです。
『日本一のランチ会と私。』と題しまして、初めて参加した2014年8月の日本一のランチ会にまつわる出来事を綴っています。
■ キャシーとの運命の出会い《日本一のランチ会と私。vol.1》
■ キャシーのサクセスストーリー そしてプレゼントって何??《日本一のランチ会と私。vol.2》
■ 内田達雄さんから教えてもらった3つの「ありがとう」《日本一のランチ会と私。vol.3》
■ ランチ会で名前が覚えられなかった話《日本一のランチ会と私。vol.4 》
■ 18秒自己紹介《日本一のランチ会と私。Vol.5 》
■ 18秒自己紹介ワークショップ《日本一のランチ会と私。vol.6》
■ 思考を文字化する~18秒自己紹介ワークショップ~《日本一のランチ会と私。vol.7》
■ 喜び・感謝・満足はNGワード~18秒自己紹介ワークショップ~《日本一のランチ会と私。vol.8》
今日のストーリーは、こちらです。
【日本一のランチ会の主催を引き継ぐ】

日本一のランチ会&18秒自己紹介ワークショップ、そして、ワークをメールで添削して頂くやりとりを通して、私はすっかり横川さんのファンになりました。
「この方のもとで学べば今の私に必要な力が磨かれるに違いない!」と確信して、横川さんが主催する文字化力強化合宿に参加することを決めました。
でも、横川さんを師と仰いではいましたが、ランチ会を主催するなんて思ってはいませんでした。
それがランチ会の主催を引き継ごうと思ったのは、応援してくれる仲間に出会えたことが、後からじわじわと分かってきたからです。
私の前の主催者のキャシー(福島 陽子さん)は、宮崎からさいたまへ引っ越しているにも関わらず、宮崎のランチ会を続けて開催してくれていました。
そのため、2014年8月のランチ会の終了後すぐに「主催を引き継いでくれる人はいませんか」と、呼びかけをしていました。
そのことを知ったとき、私は手を挙げようとは思いませんでした。
横川さんの元で学びたいということだけ考えていて、「きっと他にやる人がいるだろう」と思っていたのです。
とはいえ、心のどこかには、引っかかっていました。
ランチ会が終わって2ヶ月近く経った、2014年9月。勉強会で東京に行くことが決まりました。
宮崎の実家に帰省中でランチ会に参加されていた東京在住のお母さん”もこちゃん”が、足育に興味を持ってくれていたので、私は「足育講座をしませんか?」と声をかけてみました。
すると「ぜひ!」と即お返事を頂き、講座の開催が決まりました。
そして「東京で足育講座をします」という記事をFacebookに載せたところ、こちらもランチ会で出会った埼玉で整骨院を経営するあさみんに、すぐに電話をいただきました。
「この日程は予定が会わないのだけど、もし来てもらう場合の条件は?」と聞かれたんです。
すぐに!しかも電話!
私は、この行動力に感動しました。
電話でよくよく話していると、足育も興味があるけれど筋ゆるにも興味があるとのこと。
「それなら、私じゃなくて、関東にはもっと実力のある方がたくさんいるので、紹介します」とお伝えすると、「せっかくのご縁なので、お願いするならあす香さんがいい」と言って下ったんです。
私は、この言葉に強く感動しました。
そして、2014年10月。
東京に行って、もこちゃん主催の足育講座をさせていただきました。
もこちゃんは、講座を初めて主催するにも関わらず、なんと18名の参加者を集められました。
参加者の1人1人に美しい紙ナプキンに包まれたお茶菓子とお茶、
感謝の気持ちのメッセージカードを用意されていて、私は「こんな講座には呼ばれたのは初めて…!」と感激しました。
東京にいる間に、横川さんやあさみんとお食事をしました。
あさみんに、行動力の高さに感動したと伝えると「電話の方が早いから」とあっさりしたお返事。
きっと、すぐに行動を起こすことがあまりにも当たり前なんだわ…と改めて感動しました。
横川さんに「宮崎のランチ会の主催の方って、どなたか決まったんですか?」と伺うと、「うーん?どうかな~??」というお返事。
こんな出会いを創ってくれた「日本一のランチ会 IN 宮崎」が、ぜひこれからも続いてほしい。
やる人がいないなら、私がやろう。
こうして私は、ランチ会の主催を引き継ぐことを決めました。
【次へ続く】
*次回の日本一のランチ会 in 宮崎の情報はこちら*