クリスマスの夜に
昔、お友だちが言ったことが
なぜか、心に浮かんできた。
無償の愛ってなんだと思う?
どんな「愛」だと思う?
よく言われるのは「母の愛」ですよね。
お母さんが子どもに対して感じる「愛」。
でも、その友だちは
「無償の愛って、親が子どもに対する愛情とか言う人いるけど
本当は、その逆で 子どもが親に対する愛情じゃないんかな」
と いった。
なんで?って聞いたら、
親に虐待を受けて、ひどい目にあわされていても
親に対して「嫌い」にならない。
だから、それって「無償の愛」じゃないのかな
と 話してくれた。
そのお友だちは、幼少のころ
辛い経験をされていたので
そう考えたんだろうと思っていたけど、
今は、お友だちが言った、その言葉の深さや 意味が、
ちょっと感じられるようになった。
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ちょっと前に読んだ本、
菅野久美子さんの「母を捨てる」
菅野さんは、幼少のころお母さんに虐待を受け、
何度も死ぬ寸前においつめられた。
それでもお母さんの喜ぶ顔が見たくて
小学校のころ、勉強もがんばる、作文もがんばる・・・
という生活をされ、その限界を感じたとき
中学生くらいから
お母さんに対して反抗するようになる。
大きくなっての反抗なので問題児扱いされる・・・
大人になって、
大人の都合もわかってきて、
母のモヤモヤも想像できるけれど
それでもやっぱり母と距離を置きたい
というようなお話。
「捨てる」って、きつい言葉のタイトルだけど
本当はお母さんに「ごめんね」って
言ってもらいたかっただけなんだろうな。
考えてみると、確かに(小さな)子どもが、
「親の元から離れたい」というのは、あまり聞かないです。
自分の想いが受け入れられなかったとしても
親のことを「嫌い」になって
親をひどいめに合わせようとしないですよね。
虐待を疑われても親をかばうようなことを言ったり、
仕方ないと親に協力したり・・・
力関係や経験値、能力の差で できないという理由もあるかもしれないけど、
明らかに「不快」な状況を作り出されてもそれを受け入れ、
そのうえ、「お母さんのよろこぶ顔が見たい」というのは、、、
「無償の愛」でなくて、何だろう・・・
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私は、今まで
親が子どもに対して「愛」を与えている
そう思っていました。
でも、そうじゃなかった。
与えられていた部分もあった
私が「だれか」に何か与えている
してあげている、させられている
果たして本当にそうなのか
でも、そう考えると
みんな、「無償の愛」を持っているよね。
だって、みんな 子どもだったんだもの。
クリスマスキャロルを聴きながら
「無償の愛」について感じたり、
思い出したりしました。
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