昨日の記事で、
カナダに留学していた大学時代を思い出した。
ちょうど夏休みだったなー。
大学4年だから、もう25年前!
やばい!
40日間だけ、なんだけど
しかも一緒に行った後輩ひではるが日本人だったので、
ほぼ日本語しか話さなかったけど。

ホームステイ先のパパは「ボブ」さんって名前で、
エリックとイーライという息子が居た。
バンクーバーは太陽が沈むのが遅く、
「白夜」みたいな感じで、夜21時まで明るかった。
パパは仕事から帰って来て(16時くらい)、
エリックたちとバスケをしていて、
あ、この国は、「毎日が主役なんだ」と思った。
日本人は、「明日のために」この「毎日」を消費していて、
「毎日」を楽しむという感覚が少ない。
でもバンクーバーでは、
この「毎日」を楽しんでいた。
「毎日が主役」だった。
家の裏には、どんな家も芝生のバックヤード(裏庭)があって、
BBQを楽しんでいた。
芝生のその先には、また隣の家があって、
家族ぐるみの付き合い。行き来も自由。
「幸せ」という価値基準が、
日本とは全然違うと思った。
「毎日」を主役にしている国と、
「明日」を主役にして、この「毎日」を脇役として使ってる国。
カナダに行きたいなー。
というか、おじさんだからもう今行っても楽しくないのかな。
①大学生に戻って、②カナダに行きたいなー
さっそく、「毎日」を主役にせず、
過去を目指し始めたM氏に幸あれ!
↓大学生ながらに「幸せの基準が違う」と感じた。
国力は日本の方が働いているのに、ほぼ一緒。
たぶん「働く時間はこのくらい!」という幻想を各国が観ていて、
その「決めた労働時間」を達成したら、自己満足できるだけであり、
「総労働時間」は関係ないのかも。
日本は、「毎日8時間働かないと暮らせない」と
信じているから、そうなっているだけな気がする。
実はそこを、「5時間」と信じて、幸せを掴んでる国だってある。
これから、AIの時代。
ますます、可処分時間(ヒマな時間)が増える。
その時代にも、まだ「○○時間働かないと」と信じてる人は、
きっと、その通りの現実を構築するのだろう。
呪縛のような、日本人のマインドがドンドン変わって行く事を祈る。
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