昔バンドの友達が、

「この曲、めっちゃカッコいいじゃん!ブラフマンみたい!

次のライブでやろうぜ」



に対して、M氏は


「この曲はとっておきの曲だから、

もっと綺麗に整えてから出したい。」




「やめとけって。

いつかやろうと思ってる事なんて、

永遠にやらないって。

最高にいいやつから順番に、どんどん使っていこうよ。

とっておきから。」





結局、

M氏はアーティスト性を大事にして、

「もっといい曲に出来る!」という事でやらなかった。



で、そのバンドは解散となって、曲は迷宮入り。

もったいないことをした、30年近く前の話しである。





こんど、レイビレッジで新しい雑誌を作る事になった。

「今のレイビレッジってどうなってるの?」

よくコメント欄に書かれるし、

講演会でも聴かれる。


沖縄に居る自分も遠いので、現状が気になる。

「今、レイビレッジってどんな様子なんだろう?」って。


 

 


でもそのうち、

「気にさえならなくなる」と、

気持ちは離れて行く。


そこで、

定期的に「四季の便り」のような季刊誌を作る事に。


32Pのフルカラー版。

制作費はなんと毎号1100万円!


今の時代に、なんと発行部数5万部も!



これを1週間で原稿集めしないと、

お盆休みに間に合わない




「ちゃんとした形にして、3か月後に創刊しよう」



もちろんそんな意見もあるけど、

これまで週刊女性とか、月刊DIMEとか、

週刊誌で連載を持っていた自分からすると、

32Pくらいすぐ作れる感覚でいる。



期限は、「1週間で原稿集め」。



「やってみた」けど、出来なかった。



「出来なさそう」だから、「やらなかった」。



文字にすると同じように聞こえるけど、

100,000,000くらい違う。

なぜなら「0」には何をかけても、「0」だからだ。




「やってみた」ら、ぐちゃぐちゃになるだろう。

散らかるだろう。


そして結局、

期限に間に合わないかもしれない。

労力だけ使って、無駄に終わる可能性もある。




でも、「やった」という経験だけは絶対に残る。





ところが、

「できなさそう」だから、「やらなかった」場合。


机の上はグチャグチャにはならない。

家も綺麗なまんま。

日常も変わらない。荒らされない。


「ねー、ほんと、あの時やらないで良かったねー」とも、

後から笑って振り返れる。お茶をすすりながら。



でも、そこに「経験」は1つも残っていない。





「やってみた」けど、出来なかった。



「出来なさそう」だから、「やらなかった」。





とりあえず、やってみる。

結果として、「出来なかった」のなら、

「出来なかった」でいいじゃないか。


「できなかった」という経験が、

いくらで買えると?


「経験」は買うことは出来ない。

「予想」は「想像」は「シミュレーション」は買う事が出来る。

机上で取り引きできる。



でも、あなたにとって

「経験」以上に価値があった事って、これまでの人生にあった?



↑こんな雑誌が届くかもしれません(笑


または、何にも届かず、

ただただレイビレッジクルーの「経験値を上げた経験」になって、

お蔵入りしてるかもしれません。

でも、僕たちは「やってみた」を選んでみます。

お楽しみに(^^)/






「やってみた」けど、「出来なかった」。



「出来なさそう」だから、「やらなかった」。


このコトバの違いと、「経験」の違いを、

皆さんの人生にも活かしてみてね(^^)


 

 

 



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