おっぱいは「大きい方が良い」「小さいのはダメだ」というのは、

『おとこ』という世界だけに通用するルール。

『その世界』の外側では、おっぱいに上下なんて無い。



「足が速い男子はかっこいい」「遅いのはモテない」は、

『小学生女子』の世界だけで通用するルール。

『その世界』の外側では、足の速さは「良い」でも「悪い」でも無い。



「金持ちが最高」「貧乏は嫌だ」は、

『近代資本主義』の世界だけで通用するルール。

旧石器時代の原人は、札束にまったく興味ない。




Aの方が上、Bの方が下

Aの方が良い、Bの方が悪い

Aであるべきだ、Bじゃダメだ


それらは全て、

『とある世界』の中だけで通用するルールなのである。



その『世界』の中に居る時だけ、

気になってしまう「上下」であり、

『その世界』を出ると、両者に1mmの違いも無いくらい「どっちだっていいや」になる。





『この世』も同じである。



立派な人だったも、立派じゃない人だったも、


良い人だったも悪い人だったも、


だらしないヤツだ、も、しっかりした人だ、も。



天国に行けるくらいの人よ、も、地獄に落ちるに決まってるぜアイツ、も。



それは『この世』だけで比べられる違いである。




 



だから死ぬ直前に、

「後悔しない人生だったな!」と言うために、毎日毎日頑張るのも良いけど、

「毎日なまけてた、悔いの残る人生だったな・・・」も、


同じだよね?



という昨日の記事へ、


「いやいや、この地球に生まれたからには、

地球だけでしか出来ないことがやっぱりあると思うんです。

だから、精一杯生きることを勧めた方が良い」


というニュアンスのコメントを頂きました。

まぁ、その通りだと思います。

夢を追いかけて、後悔しないように精一杯頑張る方が良いでしょう。



でも「良いでしょう」と今言っているからには、

やはりこれは「良い」「悪い」という尺度のお話しであり、

相対性のこの世界には、確かに「上下」も「良い悪い」もありますが、

この世界を卒業した先には、

「良い」も「悪い」も、

「うえ」も「した」も、

「あいつ」も「こいつ」も、

「あなた」も「わたし」も、

何の違いも無いのです。


だから、

「悔いのない人生だった」



「悔いのある人生だった」

は、イーブンです。




悔いを経験した人と、クイを経験しなかった人、

どっちが良いとも言えません。


おっぱいも、足が速いも、お金持ちも、

善な人も、悪な人も。

それどころか、

「良い人生だったな!」と「悪い人生だったな」にすらも、

違いが無いのです。





だから、

「もっと、だらけろ!」とも「頑張るなよ!」とも言いません。

頑張っても良いと思います。

精一杯、後悔が無いように。

僕自身も、そんなメッセージもいっぱい出してます。

明日の記事は「死ぬほどがんばれ!お前の人生は一瞬だぞ!」というタイトルかもしれません。


でも、

今の世の中、ボリューム的には「頑張れよ!」の声の方が大きいので、

「頑張ったって、死んだら同じだよ」というメッセージが一つくらいあっても良いと思いますよ(*´ω`*)





 

 


↓何の話ししてるのか分からない人は、昨日の記事もよんでみて

 

 



 



↓こちらの記事も、ご参考に。

 

 

 

 

 

 

 



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▼この記事を書いた人 Writer's Info

さとうみつろう

日本の作家・ミュージシャン。中2の長男コクトウ君と、小4の長女ザラメちゃん、3才になった次女ミリンちゃんの3児のパパ。石垣島で生まれ中学は大分県、大学は北海道。社会を変えるためには「1人1人の意識の変革」が必要だと痛感し、大手エネルギー企業から独立。本の執筆や楽曲の発表を本格化し、初の著書がシリーズ累計30万部のメガヒットを記録。10代の若者を中心に多くの支持を集める。ところ…

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