”大人になって、何度読んでも涙が出る本” | 自転車から今日は♪

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坂道の多い所に住んでます。
愛用のママチャリで鼻歌歌うのが大好きです。
小さなおうちでの生活をのんびり綴ってみたいと思います♪

奈良旅行の記事(そういえば桜の季節だったな)未だ纏めていないのですが

10年前の古い記事にコメント&ブログでご紹介いただきました

 

内容は松谷みよ子さんの児童小説、モモちゃんとアカネちゃんのシリーズ

についてだったのですが、コメントをやりとりするうちに、

 

今思うモモちゃんの本という記事を書いてみたくなりました。

 

改めましたicoさん、紹介くださって本当にありがとうございます。

 

icoさんの記事よりますと、MOEという雑誌の中でモモちゃんシリーズの

特集記事がでたとのことで、それを機にicoさんも再読に興味をもたれたそう

 

ママの元に訪れる死神のお話

パパの姿はないのに、靴だけ帰ってくるエピソード

一緒の植木鉢に入ったパパの木とママの木

パパの木に寄生するヤドリギ

 

モモちゃんの本って、かわいらしい物語なのに、ちょっと不気味な箇所もあるんですよね

 

大人になって、これらのエピソードは、松谷みよ子先生のご主人の不貞や

シングルマザーとして生きることを決断した事実からきていると後で知りました。

 

私はこのブログを離婚が成立た翌月からスタートしていて

離婚理由も松谷先生と全く同じでした。

 

この痛みを、松谷先生はどうやって乗り越えていったのだろう

 

あの当時そんな漠然とした思いがあって、自分の浮上の

きっかけにでもなればとモモちゃんのシリーズを再読しました。

 

感想は… もちろん大号泣でした 笑

 

でも決して悪い涙ではありません。

私は小さなアカネちゃんのようにわんわん泣いて、

最後は顔をあげて笑おうって思いました。

 

お話は小学校の低学年向けに描かれているのでさっくり読めます。

 

ですが、身勝手な大人たちの事情を難解な言葉で状況を説明するよりも

子供にもわかるようなシンプルな例えで説明した方が

自分にはしっくり入ってくるものがありました。

 

この本には、ワンオペで子育てしているママの心が真実が描かれている。

 

それと…私は自分が妊娠していた当時、松谷先生の詩集絵本「あかちゃんのうた」が

お気に入りで、生まれたばかりの息子に、絵本で覚えた歌のような詩を

繰り返し口にしていた思い出があります。

 

モモちゃんの本を世に出した作家ではなく、一人の女性として憧れる方でした。

 

モモちゃんの物語を最後まで読み終えると、とにかく泣けて泣けて

一人の女性として大好きになった、あの「あかちゃんのうた」の優しいママが

モモちゃんの童話の中で自分を見失わずに立っている!

 

そのあたりも私の号泣ポイントでした。

 

過去記事ですが、私の過去記事のせておきますね。

このへんの記事からがスタートかな①~③まであります

 

 

それから、こちらにあるのが子供の頃、最大の謎だった死神、靴や植木のエピの解説

 

 

 

 

私は「ちいさいモモちゃん」「モモちゃんとプー」「モモちゃんとアカネちゃん」の3冊までは

子供の頃に読んでいたのですが、それから先のお話は全ては初見です。

 

リンクは全部はれませんが、あらすじを纏めましたのでご興味ある方はのぞいてみてくださいね。

(因みにコレ ①~⑥まで書き散らかしてます 笑)

 

 

 

 

さて、ここから先はicoさんへの私信になります

 

松谷先生はどうして、物語の中に夏ミカンの木を登場させたのか?

 

そうそう!それなのよ~!

私もこの議論誰かとしたくてウズウズしてました。

 

死神や人の姿のない靴の話の解説は多くの人が解説しているのに

アカネちゃんがパパに手渡した夏ミカンの解説してる人あの当時誰もいないんですよ

 

アカネちゃんはモモちゃんの妹です。

パパとは赤ちゃんの頃にお別れしています。

 

遠くにいるパパは病気になったらしく、アカネちゃんは

お友達でもある靴下タッタちゃんとタアタちゃんを連れて踏み出します。

ところがアカネちゃんは、パパの居場所がわからないため途方にくれます

 

すると目の前に夏ミカンの木があらわれて、夏ミカンの木はこの実を持っていけと

金色の果実を落とし、パパの居る場所をアカネちゃんに教えてくれます。

 

私はリコメの中で 半分思い付きで、この夏ミカンって神話にでてくる利にも害にもなりそうな

金の林檎的なものなんじゃないのかなと書いたのですが

 

10年前の私の記事を読み返すと

 

植木鉢から移植して大きく成長したママの木なんじゃないのかとか推理してました。

 

本を読んだ皆さん、どう思われましたか?

 

好き勝手やらかして縁を切った元旦那

一緒に寄せ植えされ窮屈だった植木鉢から離婚という移植を経て

しっかり根をおろして大きく成長したママの木

 

元妻としては今更、好き勝手歩くパパの木のところなんて行けるわけないじゃない

仕事順調だし、子供の成長うれしいし、こっちはこっちの生活あるし。

それでもあの人は子供にとっての父親ではあるし

何だかんだで、今の自分があるのはあの人の存在があったから的な気持ちもあったかもしれない。

夏ミカンのお味はほろ苦くも、しっかりせんか!とビンタいれるかのような目の覚めるような酸味ありどこか懐かしいかすかな甘さもあり、手にしたときはずしりとした重みもあったのかもしれない。

 

その夏ミカンを、父親と交流の少なかった次女に託すってところがですね

果たしてその夏ミカンは、吉とでるか凶になってでてくるのか

複雑な元嫁の女心を表現しているよななどと私は勝手に思いました。

 

それと、もうひとつ

個人的な私の思い出話になるのですが

私が息子を身ごもった時、母はやたらと庭の蜜柑を食べさせられた思い出があるんです。

 

息子が少し大きくなると、庭の蜜柑を収穫させ、あなたのお母さんは

これを食べてお腹のアナタを大きくしたんだと自慢げに言い聞かせてました。

この蜜柑を食べればあなたは決して病気にならない

 

このエピソードが、ちょっとアカネちゃんの夏ミカンのお話と

重なってしまい、松谷先生は母よりかなりお姉さん世代なんですが

昭和のある世代にとっての木になる柑橘類って何か特別なものがあったりするのかな

 

(真実は松谷先生にしかわからないことなのですが)

 

モモちゃん本の紹介ついでに「小説・捨てていく話」の紹介もしておきますね。

 

こちらは児童書ではなく大人向けの小説

 

妻、松谷みよ子を綴った物語です。

 

決して明るい内容ではなく淡々と日常を綴っていくところがゾワッとした怖さがあると

感想を述べる人多数なので賛否両論あるかもしれません。

 

胸の痛みや、哀しみや恨みつらみは言葉にした分だけ陳腐なものになりそうで

意地でも口にするもんかとその本を主張しているように私に思えて

読みながら別の角度で自分を重ねたりしました。

 

 

読了後、あと数十年経過したら自分はどんな風に感じているのだろうと漠然と思いましたけど

なんだかんだで結構な年数たってますね。

 

再読は…今のところないかなぁ

 

仕事もプライベートもそこそこ充実してますし、わざわざ深淵のぞいて

傷口広げたくないですし 笑

 

 

 

 

icoさん、この度は昔の記事を発掘くださって本当にありがとう。

 

そして、モモちゃんの本を読んだ方の感想よければ聞かせてくださいね

 

楽しみにしています!