まずは、心屋が頭に舞い降りてきたと同時期にもう一個舞い降りてきたこと
「私、乳児院で働く!!!」
ふと、目に留まった乳児院の文字。
それしか頭になかった。。
市内の乳児院に電話をかけ、パートならとパート勤務を始める。
なんか知らんけど、上級セミナーに行った後に、産休明けの人が辞めると言い出したから正社員にならないか?とパート始めて2ヶ月で正社員の座をget
ほんとに楽しかった~≧(´▽`)≦
愛着形成のために、職員一人に担当の子どもが一人ついて、おでかけや、行事、健診、担当宅へお泊まり、等々一緒にするの
私が担当したのは9ヶ月のYくん
今日も会える~と思って仕事に行くのがとっても楽しかった
母性が溢れすぎて胸は張るし、そのうち母乳が出るんじゃないかと思ってたよ(笑)
私の中にもこんなに溢れる愛情があったんだと知った
そんな彼も2歳になって、制度的に児童養護施設に行くことに。。。
どうしようもない、受け入れるしかなかった。
辛かった。
辛すぎた。
泣いた。
叫んだ。
「行かないで~
さみしいよぉぉぉ~
一緒にいたいよぉぉぉ~
なんで離ればなれにならんといかんと。
辛いよ。。。
一緒にいてあげられなくてごめんね。
ごめんねぇ。。
ごめんねぇ。。。」
なんでこんな思いしなきゃいけないんだ。。なんなんだ。。こんなの辛すぎるやん。。毎日泣いた。。
お別れの1週間後、マスターコースが始まった。
そこで教わったこと
「感情を感じきれてないと、その感情を感じるために目の前に出来事がやってくる」
「ただその感情を感じきることが大切」
。。思い出した。。
私は離婚してお父さんがいなくなるときに寂しい、悲しい感情に蓋をした。平気なふりをした。むしろ、嫌うことで心のバランスを保った。
離婚した後も母と私と兄と3人で暮らす家に来て、何もしゃべらず帰っていく父。
その当時は何も思ってなかった。
今はその後ろ姿が忘れられない。
声もかけずにごめんね。嫌ってごめんね。
これだ。。。
お父さんがいなくなって寂しかった。
冷たくしてごめんねと伝えれなかった。
だから寂しい、悲しい、無力な自分を感じる出来事が起こってるんだ。
それからはただひたすら感じた。
泣いて。泣いて。泣いて。
涙枯れるまで泣いた。
それからもうこの仕事はやってられんと思って、最初はダメって言われたけど、4ヶ月かけて辞めた。
今なら思う。
これを感じるためのこの職場だったんだと。感じきれたからもう終わりが来たんだ。
目の前の出来事はまだ自分の中の気づいてほしい感情があるよーのお知らせ
大事に大事に感じきってあげようヾ( ´ー`)
私の心屋人生~家族~に続く(*^-^)b