Pを着た悪魔2 (番外編)
実は映画を観て帰宅したあと
映画の感想など友人S氏にメール
アン・ハサウェイとガガに
良かった面白かったと伝えてね、と
ガガ本人も歌手で出ていたので
S氏
古くからのブロ友さんなら
恐らく覚えておられるであろう
若き日は達◯さんのバンド仲間
今、活躍の舞台をほぼNYに移し
日本とアメリカ行ったり来たり
仕事の傍ら私にシーズンごとに
洋服やら何やら20着近く
送って来たり
時に美味しそうな食べ物を
送ってくれる男友だち
前にも書いたかもだが
彼がずっとNYに居た頃
彼の還暦祝いの着席式のパーティで
映画好きの私のために
私の席の両サイドにアン・ハサウェイ
&フランシス・F・コッポラ夫妻
そんな夢の様な場に招待だったはずが
結果的に何かの手違いで
招待状が届かなかったのが10年ほど前
届いたところで
私 何を着て行けば良い?
翻訳コンニャクでも持参する?
色々想像しただけで所詮無理だった![]()
(画像はネットからお借りしました)
先月『プラダを着た悪魔2』の
プロモーションの為に
メリルと2人来日していたが
その限られた滞在中に
なんとアンさん 久々にS氏に逢いたいと
彼の東京のスタジオにやって来たそうだ
相変わらず綺麗 妖艶さも増し
スターそのものだったそう
そして彼女はS氏のCDがお気に入り
私も70〜80枚彼から送られている
ジャズ ボサノバ ポップス
映画音楽…
去年私がクラッシックも好きだと話したら
「言ってなかったっけ?
僕ベートーヴェンコンクールで
2位だったんだよ」
その後ショパンやブラームスやベートーヴェンを
弾いたCDも私のコレクションに加わった
感性豊かなアンさんは彼に
「貴方の曲のイメージ作りに
誰か居ますよね?」と尋ねるから
私の写真を見せたそう
一体何時代の私を見せたのやら![]()
アメリカのドラマや映画やCMにも
彼の曲は使われ
昔は良く日本の米、仏、独大使館など
多くの大使館で演奏していたし
スペインのレティシア王妃も
彼の音楽がお気に入り
アカデミー賞やグラミー賞の会場にも
度々招待されブラピやアンジー
アントニオ・バンデラス
シャーリーズ・セロンなど
様々なスターのエピソードも聞いて来た
テイラー・スイフトやガガ
バーブラ・ストライサンドなど
多くのミュージシャンにも楽曲提供
彼は歌だけで無くピアノなどの演奏
曲のアレンジやプロデュース業など多才
日本では編曲者の地位は高く無いが
海外では評価が高いらしい
ガガは彼が発掘しNYのプロデューサーに
紹介しブレイクした
スティングからのツアーへの同行も
忙し過ぎて無理だと断ったら
未だかつて僕のオファーを断った奴は居ない
と苦笑いされたそう
病身のロバータ・フラックを生前
ダコタハウスまで見舞っていた
S氏自身が日本で体調を崩し入院した際は
日替わり弁当のように
芸能人たちが見舞いに来て
キム◯クが来た時は
ナースステーションが大騒ぎになり
来るのを遠慮して貰っていたと言う
そして病院で話題になったのが
「S氏は何者⁈」
私はS氏と10年以上逢っていないが
合間を見て電話やメールが来て
「高知の文旦美味しいから送る〜」
「三浦西瓜美味しいから食べてみな」
まるでオバチャン同士の会話![]()
友人に話すと大概驚かれるが
芸能人も私の知り合いの
オバチャンの話題も
我々には同列 これが普通
それより自然霊が視えるほど
霊感の強い彼
昔はゾクゾクするほど
彼の体験談にハマっていた
余りに凄過ぎて芸能人の話など
吹っ飛ぶくらい
先日の映画で最後アンディがエミリーに
「あなたがブランドのアイコンに
なれば良い」と言い放ったのを聞いて
S氏が昔 私に放った言葉を思い出す
「僕は今まで日本や海外の
女優やモデルを沢山見て来たけれど
あなたほど外見と中身にギャップがあり
面白い人を見たことがない
主婦以外何の肩書きも無く
あなたがあなたとして存在しているだけで
価値がある
君そのものがブランド
しかし自分自身の価値というものに
全く気付いていないし
気付こうともしない
まぁ〜その自然さが良さと言えば良さだが
少しは自覚すると良いよ」
考えてみると私は基本的に
表立って目立つより
裏方で何かする方が好きかも知れない
そして電話の最後はいつも
「あ"〜 もうイメージが崩れるから
大阪のオバチャンみたいな発言は
やめてくれぇ〜」と叫ばれ電話を切られる
私は
やっぱり
プラダを着んでも
立派な悪魔ψ(`∇´)ψ
50歳頃の私ダス
最近の私は単なる
『オモロいおばちゃん』
と言う位置付けになっている(-。-;

