日曜日の朝のカフェで読書のはずが雑記 | 言葉のプロデューサーなまず美紀の日記「先生あのね」

言葉のプロデューサーなまず美紀です。

聴いたり、書いたり、話したりを仕事にしています。


先日の娘(10)の英語の宿題。


「日曜の朝、お母さんはいつも何をしますか?」

「カフェに行きます」


奇しくも今日は日曜日😬


『はれときどきぶた』知ってる?


日記に書いたことが、

すべて本当になってしまうという

ストーリーの児童書だ。

空からぶたが降ってくるレベルの

ウソも無茶苦茶も、すべて現実になる。


私が日曜日に限らず

よくカフェに行くのは事実でもある。


だが、娘の宿題を見てしまっては、

そして今日が日曜日であれば、

小学生の頃、『はれときどきぶた』を

愛読していた私には、カフェに行く以外の

選択肢はない。


というわけで、自宅前のカフェへ。


今日は読書の日と決める。

読みかけの本が何冊かあって。

カフェで何を読みたくなるかわからないので

とりあえず数冊持って来た。



山本周五郎は、最近、脳みそがネガティブに

暴走する私を思って、愛ある友達が勧めてくれた。


心理学とか脳波学とか潜在意識とかマインドとか自己啓発とか、そういう本の沼にハマっている私を、引き上げようとしてくれたんだと思う。


私は高校生の頃から心理学が好きで、悩みのヒントを探して心理やカウンセリングの本を読み続けた。結局、悩みの解を求めていたわけではなく、その過程を楽しんでいたと気づく。つまりますます沼にハマってしまうのだ。


そういえば、『はれときどきぶた』は、「書けば叶う」系のハシリだと気づいた私、感動した。


ちなみに、私は自己啓発本が好きだという男性と仲良くなったことがない。

それで判断するわけではなく、自然にそうなっているわけだけれど、元々「なんか興味を持てないんだよなあ」という人の部屋で、目につく本棚にそんな本がズラっと並んでいると、「やっぱりね」と興味を完全に失う。

自分は読むけれど、読まれるのはイヤだ。見せられるのは本当にイヤだ。

この感覚、わかってくれる女性の仲間がいれば嬉しい。


そんなわけで数日前から、山本周五郎を読んでいるけれど、彼のチョイスは正しかったと思う。「久しぶりに難しい漢字と表現に出会って、読むことにエネルギーを集中せざるをえない」という理由で。


平成以降、量産されているサルでも書ける、サルでもスラスラ読める(サルでも〜はすでに死語だが)文章に慣れてしまうと、脳みその筋肉が落ちるよね。

眠ってしまった筋肉を使いながら、明治生まれの文豪の小説を読んでいると、フワフワした思考は強制的にストップして、この世界に入り込むしかない。


そんなわけで、読書する気でカフェのテーブルに本を重ね、iPhone を忘れたことに気づく。


モーニングのオーダーだけして、店員さんに「iPhone 忘れました」と声をかけて、走って自宅に取りに帰る。


戻って来たら、ちょうどトーストが焼き上がり。



で、トーストを食べたら、コーヒーを飲みながら本の代わりにPCを開いて、この、日記とも雑記ともよくわからない文章を書いている私。


私の脳内に勝手に文章が流れてきて、ときどきそれが溢れ出す。インプット過剰で、小さな脳みその容量に言葉が収まらなくなったんだと思う。


溢れ出た言葉は、特に誰かの役に立つわけでもなく、独り言のようなものなので、垂れ流して忘れることが大半だけれど、今日のように、無性に書きたくなることがある。


だから、本を読むと決めてカフェに来たのに、読むより書きたくなって、本は読まずに文章を書いている。


これは、自己肯定感を上げるためのメソッド「自分との約束を守ろう」に反する。

引き寄せのメソッド「自分の気持ちに素直に」には準ずる。

そんな風に、自己啓発メソッドに侵された思考をしてしまう私は、やっぱりそれらの本の沼にハマってしまっているんだと思う。


PCを閉じたら、山本周五郎の世界に戻って、脳みそ鍛え直して来よう。

と思って気づくと、日曜日の朝のカフェタイムが終わろうとしている。

皆さまもステキな日曜日を。