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こんにちは、志緒村亜希子です。
子ラッコが学校から帰ると
顔を真っ赤にして涙が浮かんでる。
2年生くらいまでは
よくあるパターンだったけど
そういえば本当に泣かなくなった人。
でも今日は抑えきれないものがあるようだ。
どうした?
と聞くと
「ちょっと言葉では言えない」
「少なくとも夏休みに入るまでは言いたくない」
と。
そうかそうか。
わかったよ。
と私。
彼は
「ちょっとベッドの部屋で休む」
と言うと
ドアの向こうから
悲しそうにわんわん泣く声が聞こえてくる。
しばらくそのままにしてから
様子を見にドアをノックすると
拒否感は示さなかったので
そばに座って背中をさすった。
(何か嫌な気持ちになることを誰かに言われたのかな)
(最近けんかした友達と何かあったのかな)
想像しながら、寄り添う。
しばらーく放っておいたあと
ちょっと落ち着いてきたので
ジャブを入れてみる。
「帰り道の友達?」
「うん」
「Iくん?」
首をブンブン
「Sくん?」
首を大きく縦に振る
「嫌なこと言われた?」
首をブンブン
なぜ泣いているのかは依然分からない。
まあ、そっとしておくかと思ったところで
「でも絶対に誰にも何も言わないで」
「特にSとSのお母さんには!」
と。
・・・Sくんと、お母さん??
いやなことを言われたわけじゃない。
でもとても悲しそうに泣いている。
ーーーひょっとして!?
「Sくん、お引っ越ししたり、、する?」
「ウワーーーーン![]()
![]()
」
ああー
そうだったか![]()
だからそんなに悲しそうに泣いていたんだね。
それは寂しい。
いろんな刺激をくれていたSくん
優しくて強いお兄ちゃんも一緒に
たくさん遊んでもらってきました。
子ラッコは特に友だち至上主義だから辛いよね。。
夏休みで転校だとすると
あと2〜3週間。
気合入れて同じ時間を楽しんでくれよ子ラッコ
しかし
あの少ない会話で引っ越しにピンときた私、
だいぶ母親センサー育ったな。
そして
泣けるっていいな
泣けるっていいよね
2年生の頃までは泣き虫だった人が
今はほとんど泣かなくなったけど
泣きたくなったとき彼は
一人部屋に閉じこもり
声を上げて泣く、ということをする。
すると気持ちと思考が整理されることを
学んだようだ。
大事なこと、
感情を抑圧しないで泣いていいよ
と思ってしまう
職業病のわたしでした。
あなたは子供の頃、泣けていましたか?
いま、泣きたいときに泣けている?
泣いてもいいよ
頑張りとがまんを積み重ねてきた心を浄化しよう
もちろん、ショックで落ち込みたくなったときもね
寂しいのは大好きな証拠だから
この時も、帰りの電車で寝落ちしている間
一緒にいたみんなが帰っちゃったと知って
バイバイしたかった、と大泣きだったね
いつも無為の極みを見せてくれてありがとう
こんにちは、志緒村亜希子です。
いまスタバに来て
私が座った席の隣が隅っこ席で
そこに女子高生二人が座っていた。
2〜3分すると二人が立ち上がり
その席が空きそうだったので
「すみません、ここに移動してもいいですか?」
と声をかけたら
「はい、どうぞ」
「あ、でも濡れてしまって、すみません」
と。
テーブルの上には
冷たいドリンクのあとの
水滴が溜まってた。
「(濡れてても)大丈夫ですよ〜」
と伝えながら
その席に荷物を移動させてもらった。
自分のドリンクをカウンターで受け取ったあと
テーブルを拭くために
紙ナプキンを持って帰ったら
同じタイミングで高校生ふたりも
ナプキンを持って戻ってきてくれていて
お互いそこを拭こうとしたところで
「わ!」と双方びっくり。
「わざわざありがとう〜〜」
私はそう伝えながら
彼女たちと一緒にテーブルを拭いた。
そんな一瞬の、ほっこり出来事でした。
一瞬のほっこりといえば
今朝、近所のコンビニに出かけるタイミングで
急に激しい雨が降ってきた。
あっちからベビーカーを押したお母さんが
降る雨から赤ちゃんと荷物を
一生懸命守ろうと困ってる姿が見えたので
駆け寄って私の傘を渡してきた。
「あ、でも、コンビニで買うので!」
と言ってたけど
コンビニまでの小往復でけっこう濡れるし
目的地までの時間もかかる。
「わたし近所だから」
と伝えると(いま思うと文脈的に意味不明)
「はい!ありがとうございます!」
と受け取ってくれた。
傘さしながらのベビーカー
それはそれで大変だし
ありがた迷惑だったかもしれないけど
まだちょっと目的地までありそうだったから。
(たぶん)
ベビーカーのカバーから
ちょこんと出てしまっているズボンのお膝が
少し雨に濡れてしまっていたのが
気になる。
なんとかたどり着いたといいな。
ちょっとした一瞬をたくさん集めていたい。
↑去年の夏、義実家で撮った写真をAIでイラスト化しました。
(日本郵便のHPで作った)
新年のメルマガ一発目にお年玉ワークを公開しました。
そのワークをやって送ってくれた方から
『今年は好きな人と、怖がらずに裸一貫で繋がっていく。』
"裸一貫”でつながる。
なんてパワフルな言葉なんだ!
偶然にも私も先日セッションで
「むき出しの自分を見せていく」という話をしたばかり。
優しさ、面白さ、傷つきやすさ、オタクっぽいところ・・・
つまり人間らしいところ。
本当は周りはそこに触れたいし、愛したい。
送ってれたHさんも、
心の底から応援しています!
もうひとり(この方もHさん!)。
心のこもった感謝メッセージをありがとう。
その中の宣言。
「(私のこれからは)日々の幸せを感じ、
自分と繋がる喜び、
愛を、光を、
“私”(魂)からそう聞いて、
ものすごい納得感と嬉しさ、
![]()
![]()
」
自分の魂からのメッセージを受け取ったんですね。
これまたパワフルなメッセージ。
心から応援しています。
などなど、
「祈り」は、「意宣り」とも書けるそうです。
宣言することは、祈り。
祈りとは、意を宣ること。
言葉は、単に伝達するだけでなく
その奥に流れる思いや波動を響かせるためにあると思っています。
だから、出してみよう。
声でも文字でも。
ずっと出さずにいた人は特にね。
もしもあなたが
腹からの思いや言葉をスルーしてきたり
飲み込んできたとしたら
その言葉を出さない代わりに
どんなことを優先してきましたか?
そんなあなたは無意識に、前に前に、と頑張ってきたかもしれない。
それを今年からは「奥の方」に重心を置いて
どっしり安心安堵の中で生きていこう。
前とか奥とか、
これは意識の置きどころの話。
これからは何も操作したり作為しようとしなくても、
意識の重心を「奥の方」に置くようにすることで、
息がしやすく、進みやすくなっていきます。
また書きますね。
実家バージョン
カピバラパパがそっくりすぎる(笑)
information
といっても
もうすぐ5年生となると
今までのように素直に
1から10までは話さなくなってきた。
ぽつり、ぽつりと断片的で
ラテン系の友達が変わりばんこにやってきてくれるおかげで
私の血が定期的に騒いでます。






