父の猫パンチ | 晶子の陽だまり語り

晶子の陽だまり語り

HSPを生きやすくするエッセイストです。
ゆっくり自分のペースで生きていっています。
頑張りすぎているみなさまにエールを送っています。
休むことの大事さを訴えていきたいです。

 

おはようございます。

 

今日は、父にまつわるエッセイを書きたくなりました。
お付き合い頂ければ幸いです。

 

 

 猫パンチのような空手チョップ

 

父はご機嫌になると、なぜか私に猫パンチなみの空手チョップを繰り出してきた。


男兄弟で育ったせいか、女性の扱いに慣れていないのだ。
頭をなでてくれればいいのに。私はいつも思ったものだ。
母もあきれていたのは言うまでもない。

 

でも、その猫パンチは「ミッキーローク」のようなやわらかさだった。
効いているんだかいないんだか分からない、けれど妙に記憶に残る。
痛みはなかった。ただ、優しさだけが、ぽふんと心に触れていた。

 

 

 夜の部活の贖罪

 

父は家族に対して、どこか罪悪感を抱えていたようだった。
だからなのか、帰りが遅くなると、時折、おいしいものをお土産に買ってきた。
 

けれど時間はいつも、子どもたちが寝静まった頃。

父は私を無理やり起こし、寿司やおやつを食べさせ、「おいしい」というまで寝かせてくれなかった。
その言葉を聞くと、安心したようにさっさと寝てしまう父。
 

取り残された母と私。それが父なりの贖罪だったのかもしれない。
今でもそれは、よくわからないままだ。

でも――
「おいしい」のひとことで報われた父の表情が、なぜか忘れられない。
猫パンチの感触とともに、今でも胸にふわりと残っている。

 

こんな調子だから、父は夕飯はもっぱら外食だった。
私はそれをこっそり「夜の部活」と呼んでいた。

 

その部活帰りのおみやげは、寿司に洋菓子、季節の駅弁にいたるまで本格的で、クオリティが高かった。

けれど当時の私は、それがどれほど贅沢なものかも知らずに、
ただ眠気まなこで、父の言うがままに食べていた。
「おいしい」と言うために。

 

 あちらの世界で父は何をしているのだろう?

 

ふと、思うことがある。
もう一つの不老不死の世界で、父は何をしているのだろうか。
あとからやってきた親友と、カラオケでも歌っているのだろうか。
 

たまには家族のことも思い出しているのだろうか。
お墓参りになかなか来ない家族を、恨めしく思っていたりするのだろうか。
こちらの世の中では、父を慕う従兄弟たちが、さみしがっているというのに。

 

でもきっと今日も、
あのやわらかい猫パンチで、あちらの世界の誰かを笑わせているに違いない。