こんにちは。MAYUです。

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先週、次女の命の恩人であり、主治医であり、次女の人生の最初と最期に居てくれた大切な人が天国に還りました。


まだわたしと同世代の、女の先生。


次女が壮絶出産で瀕死の状態になったとき、
脳の治療をしてくれて、
命を救ってくれた恩人。


NICUで一年以上お世話になった、
大好きな先生でした。


ただの「主治医」じゃないんです。


なんていうか、
患者としてというより
「一人の人間」として
愛のある付き合いをして下さる
とても素晴らしいお医者様でした。


次女が亡くなる直前にも
プライベートで次女のもとに
駆けつけてくれて…
先生に会って30分後に
次女が旅立ったのです。

そのあと、ずっと次女のそばに
いてお話ししてくれた先生。


もう、私たち家族にとって、
どれだけ心が救われたかわからない、
とても縁のある、
不思議な繋がりのある先生でした。




これから、NICUママのために、
私の経験をたくさん綴っていこう。


そう一大決心した矢先。

ついこの前、次女のNICU写真を
載せようと決意したばかりでした。


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最後に会ったのは2年半前。
次女の通夜でした。


あれから何度か会えそうな機会があったのに、
都合が合わずに
そのままになりました。


三女が産まれてから、
会ってお礼をしたかったのに、
次女がいた病院には
なぜかどうしても行けませんでした。


三女が毎月通院してる病院から
先生の病院まで近いのに、

「きっと忙しいから」
「今行っても迷惑だよ」

と勝手に相手の都合を決めつけて、
会いに行きませんでした。


遠慮したのです。
またいつでも会えると思っていたのです。



でも、


「いつか」「いつでも」「そのうち」


こんな言葉は存在しなかった。


訃報をもらい、めちゃくちゃ後悔しました。


「病院に行った方がいい気がする」
「会いたいなぁ」

こんな感覚が何度も来てたのに、
私は蓋をしていたのです。


気になっていたのに、その感覚を、
私の心が欲することを、
ちゃんと聞いてあげられなかった。


限りある命…。
会いたい人には、全力で会いにいこう。


ほんとうに、ただの知識じゃなく、
心の底から、そう思いました。

会いたい人に会えなくなるのは、
悲しすぎる…


次女の人生の始まりと終わりに唯一
居てくれた人…



NICUのことを書いていきたいのに、
思い出すことがまた辛くなりました。



だけど、


私の次女は、先生の人生にも
きっと大きな役割を果たしたんだろうな。


そう思うと、

次女があのNICUに居たということ、
次女があの状態で生きたこと、
その全てが先生にとっても
意味があることだったのかもしれません。



全ては繋がっていますね。



「誰の命も皆、誰かを輝かすための光」
ってミスチルが歌ってたけど、


ほんと、そうだよね。



ただ、今はとても悲しい。





先生と次女…


何か、私のこれからに
とっても重要な気がする二人の物語。


今まで全く知らなかった衝撃の事実も
お通夜で初めて知りました。


どれだけ深い愛で私と次女を
見てくれていたのか…


その事実を知ったとき、
本当に本当に、
なんという偉大な方に巡り会えたのだろう。
そんな想いが溢れて、
涙が止まりませんでした。


先生からの学びを、NICUのことを、
書いていかなきゃいけない気がする…

そんな気持ちでいっぱいの私です。



また、少しずつ、私の思いを書いていこうと思います。