からの続きです
読者からのメール: 終末論に関する諸問題-168<ii>
【2026年8月8日掲載】
https://ichthys.com/e-mails.htm からの抜粋翻訳
質問 #9:
ちょっと質問があります。
[https://ichthys.com/Satans-Rebellion-Part5.htm]で先生は、
「イスラエルの歩みは、その失敗に目を向けるなら惨憺たるものですが、
それでも人類史上のほかのどの国や集団よりもはるかに優れており、
それには私たち自身のキリスト教時代も含まれます」と述べておられます。
しかし旧約聖書には、イスラエルが、主が彼らの前から追い払われた諸国民よりも
ひどい罪を犯している、と主が言われた箇所があります。
また、あの有名な信仰者やこの有名な信仰者が主の前に立ったとしても、
救えるのは自分自身だけで、ほかのだれをも救うことはできない、と
主が言われた箇所もあります。(これは、ほかの国々なら、そこまで堕落していなかったので
救われる可能性があったものの、この時点のイスラエルはもはやそうではなかった、
ということを示しているように思えます)
私は別にイスラエルを悪く言おうとしているわけでも、
アメリカやほかの国の方が優れていると言おうとしているわけでもありません。
しかし、どの国よりも、キリスト教国のどの国よりもイスラエルの方がよくやった、
という考えには、少し引っかかるものがあります。
聖書のどこを見ても、そのようなことを示唆している箇所があるようには思えないのです。
お元気で。
返信 #9:
[省略]イスラエルについての私の発言に関するご質問ですが、
アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ヨシュア、ダビデ、ダニエル、
サラ、リベカ、ラハブ、ルツ、デボラ――そして、いずれの預言者たちについても――
これほどの人々を輩出したと誇ることのできる国は、私たちの国を含め、ほかにはありません。もちろん、イスラエルが集団として何度となく目を覆うほどの失敗をしたことは事実ですが、
だからといって、その中の最も優れた信仰者たちが成し遂げた偉大な霊的成功が
損なわれるわけではありません。
また、ほかのどの国も、イスラエルほど激しいサタンの敵対にさらされたことはありません。
それはまさに、イスラエルが常にメシヤの国であり、
特別な「神のひとみ」であったからです。(ゼカリヤ2章8節参照)
ですから、あなたのおっしゃっていることが事実であるにもかかわらず、
私はやはり、あの発言は妥当だと思っています。
もし艱難期が始まった時にアメリカがバビロンとなるのであれば、それはイスラエルが
過去に示したあらゆる不忠実さ以上に大きな非難を受ける理由となるでしょう。
しかし、だからといって、あなたやほかの信者たちが、霊的成長、前進、
そして実を結ぶ働きにおいて、主とその教会のために行っている良いことまで
無に帰するわけではありません。
イエスにあって、 ボブ・L.
ーーーー
質問 #14:
こんにちは、ルギンビル先生。
「これが、私がニュースとは距離を置くようにしている理由の一つです。」
私も普段はそうしています――人から聞いて初めて知ることもよくあります。
(中略)感情的に深入りすべきではありませんでした。
私はどちらかというと感受性の強い人間なので、だれかの問題について必要以上に
感情的に動揺してしまうと、それが時々自分にとって問題になります。
今度このようなことがニュースで大々的に報じられることがあっても、
自分がこうならないようにすべきだと分かったと思います。
「この人物からは十分に距離を置くよう、あなたに勧めます……」その忠告に従います――
警告してくださってありがとうございます。(中略)私はきっと彼に惑わされてしまい、
このことについて聖霊に聞き従わなかったのでしょう。(中略)
ただ福音を伝えているからといって、その人の動機まで敬虔で正しいとは限らないのでしょう。(とはいえ、それが真の福音であるなら、聖霊はそれを用いることがおできになります)
(ピリピ1章15-17節参照)
「そして、心を乱されないよう努めます……」私はこれがあまり得意ではありません。
これは間違いなく、取り組まなければならないことです。
ほかの人たちのあらゆる感情や混乱(ましてや自分自身のものも!)は脇に置いて、
しっかりと自分の目標に向かって進み続けなければならないことは分かっています。(中略)
先日の夜、Ichthysである文章を読み、(ここに貼り付けます)それがよい戒めになりました。
「私たちは、自分自身の意志を行うためにここにいるのでも、自分自身の道を歩むために
いるのでも、神が私たちにしてほしいと望んでおられることとは別に、
自分自身の人生を選ぶためにいるのでもありません。
私たちの考えが個人的な心配事に支配されるあまり、神のご計画の中での自分の位置を
見失い始めるなら、私たちの霊的生活は必ず損なわれます。
私たちは必然的に、この世と多くのつながりを持っています。(家族、仕事など)
だからこそなおさら、私たちの考え、会話、そして実際の生活において
神を第一に保つよう努め、人生におけるさまざまな気をそらすもの
(それが苦しめるものであれ、誘惑するものであれ)に、正しい、
プロのクリスチャンとしての見方をもって対処する必要があるのです。」
(第一コリント7章35節参照)
これこそ、私がしなければならないことです。
「……実際には慰める根拠があまりないところで慰めを与えること」そうなんです……
複雑な状況です。残念ながら、__は救われていなかったと思います。
話は変わりますが、(中略)これほど多くのクリスチャンがまったく気にかけていないように
見えるのは、つらいことです。
また、いつ自分の時間をほかのことに優先して使うべきなのかについても、
見極めようとしています。(中略)敬具
返信 #14:
だれが救われているのかを知っておられるのは、神だけです。
そして、私が耳にしていた話が、不公平なものであった可能性もあります。
ここで重要なのは、私が思うに、そもそもこのようなことが起こったのは、
政治に関わっていたからにほかならないということです。
そして、この人物について以前から多くのことを知っており、事が起こった後に
どちらかの側につくような人たちも、政治を注意深く追っている人たちだけでしょう。
また、この出来事に心を乱されることは、(このような暴力はすべて心を痛めるものですが)
霊的には何の益にもならないということも事実です――
そして、それは私たち個人には何の関係もありません……
私たちが感情的に深入りするという間違いを犯さない限りは。
そして、それこそが政治に巻き込まれていく第一歩なのです。 (中略)
優先順位をつけ、備えることについてですが、これまでにも何度か述べてきたように、
私たちは御言葉から時の流れについて知るべきことを知っています。
しかし、具体的なことは、
私たちには確実に知ることのできないさまざまな要因に左右されます。
いずれにしても、新約聖書は初めから「時は縮まっている」(第一コリント7章29節)と
私たちに告げています。
そして、時の流れがどうであれ、個人的、一人一人の立場からすれば、
それは当時と少なくとも同じくらい、今も真実です。
私たちは主から一日ずつしか与えられておらず、
自分にどれだけの時間が残されているのかを知っている人はだれもいません。
ですから、私たちは毎日を主のために生き、その一日の中で何を優先すべきかを
考えるようにします。
それを十分多くの日々にわたって続けていけば、将来についてあまり思い煩うことなく、
(結局のところ、それは何の役にも立ちません)自分が霊的に成長し、前進し、
実を結んできたことが分かるでしょう。 (中略)
お祈りをありがとうございます!
友よ、私もあなたのことを毎日の祈りに覚えています。
イエスにあって、 ボブ・L.
質問 #15:
「感情的に深入りすること」について 先生がおっしゃっていることは本当にそのとおりです。
これがどのように私をつまずかせたのか、今では分かったように思います。
この世のどんなものにも感情を注ぎ込みすぎないようにすれば、(友人や家族など、ある程度そうせざるを得ない場合は別として)神と共に過ごす永遠に私たちの心を向け続ける助けに
なるでしょう。時には忘れがちなことですが、私たちの目標にとって欠かせないことです。
「いずれにしても、新約聖書は初めから『時は短い』と私たちに告げています。
そして、時の流れがどうであれ、個人的、一人一人の立場からすれば、
それは当時と同じように今も真実です。」
この言葉は、今までとは違った形で心に響きました。
私は、こんなにもすぐ恐れてしまわなければよいのにと思います――特に、神は霊的な意味で、私にとって最も愛に満ちた、慈しみ深いこと以外は何もなさらず、
また何もお許しにならないと分かっているのですから。
(それがどのように感じられようとも、また私が苦しまなければならないとしても)
昨晩の聖書研究で、このことについての良い聖句に出会いました。
(ヤコブ5章7-11節参照)
(中略)そして、先生の働きが主の目に留まらずにいることは決してないと分かっています。
敬具
返信 #15:
温かい言葉をありがとうございます! あまり自分を責めすぎないでください。
あなたは、なすべきことをちゃんと行っています。
あなたがしているように真理のうちに忍耐して歩み続けるなら、私たちは皆、
この歩みを続ければ続けるほど、「こうしたこと」にうまく対処できるようになっていきます。(そして、この地上にいる間は、私たちのだれ一人として完全になることはありません)
あなたのことを祈りに覚えています――あなたのお祈りにも感謝します。
イエスにあって、 ボブ・L.
質問 #16:
ありがとうございます、(中略)……人生というものがどれほど複雑になり得るのか、
また、自分にはまだ取り組まなければならないことや、
もっと理解しなければならないことがあるのだと、次々に気づかされています。
自分がいかに人間的であることか。まあ、人生とはそういうものなのでしょうね!
返信 #16:
私たちのだれ一人として、何事においても完全に一貫しているわけではありません。
とてもそんなものではありません。私たちは皆、この地上で苦闘しており、
主と顔と顔を合わせてお会いする時まで、これからもそうあり続けるでしょう。
私たちは霊的に成長するにつれて、そのことを受け入れるようになり、
こうしたあらゆる苦闘を通して私たちを助けてくださっているのは、
本当は主ご自身なのだと主に信頼するようになります。
そして、今はそう見えなくても、実際にはすべてが「大丈夫」であり、
最後にはすべてが「大丈夫になる」のだと信頼するようになるのです。
いと高き者のもとにある隠れ場に住む人は、全能者の陰に宿るであろう。
わたしは主に言う、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。(詩篇91篇1-2節)
友よ、あなたのことを毎日の祈りに覚えています。
イエスにあって、 ボブ・L.
ーーーー
質問 #17:
イスラエルと、それを支持する私たちの政府について、
どのように考えるべきなのか知りたいと思っています。
この話題についてよく引用される聖句は、もちろん創世記12章3節の
「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう」です。
まず前置きしておきますが、中東で実際に何が起こっているのか、
私にはよく分かっていません。ですから、まず私がどのように理解しているかを述べ、
そこから話を進めていただければと思います。
私の理解では、イランや中東のほかの国々は、イスラエルに対して強い反感、
あるいは憎しみさえ抱いています。
イスラエルに自衛する権利があることは、もちろん認めています。
しかしその一方で、イスラエルは単に自国を守ろうとしているだけではなく、
その目的の一部には領土を拡大することも含まれているように私には思えます。
それだけでなく、彼らが爆撃した特定の場所に関しては、
ルールに従って行動しているようにも見えません。この状況について二つ質問があります。
1.もしイスラエルが領土拡大のためにほかの国々と積極的に争いを起こしているのであれば、私たちクリスチャンは、イスラエルを支持し、また彼らを防衛する私たちの政府を
支持すべきなのでしょうか?
2.一度ざっとGoogleで検索しただけですが、イスラエルの人口のおよそ73%がユダヤ教徒
だということです。ご存じのように、ユダヤ人は自分たちのメシヤが来られるのを
待っています。しかし、私たちは「その方」がすでに来られたことを知っています。
それなら、彼らはいったいだれを待っているのでしょうか?
そのメシヤは偽りのメシヤですから、したがって反キリストということになります。
もし私の考えが正しいのであれば、平和のために祈り、
人々がイエスを救い主として受け入れるよう祈ること以外に、
私たちは何らかの形で彼らを支持すべきなのでしょうか?
返信 #17:
逆の順序で答えますが、要するに、あなたの「考えは正しい」です。
そもそも、人が「支持する」と言う時、それは何を意味しているのでしょうか?
「私はこれを支持する」「あれを支持する」と言う人のほとんどは、
単に自分の意見を語って(そして表明して)いるだけです。
「イスラエルを支持する」と言う人のほとんどは、実際にあちらへ行って彼らのために
働いたり戦ったりするつもりはなく、彼らにお金を送るわけでもなく、
彼らのために政治活動をするわけでもありません。
これらはすべて具体的な行動ですが、私の考えでは、クリスチャンはそのようなことから
十分に距離を置くべきです。
政治全般は信者にとって非常に大きな気をそらすものであり、信者にとっては物事を
主の御手に委ねる方がはるかによいのです。
信者が政治に過度な関心を持ち、単に意見を持つだけでなく「関与する」ところまで
行ってしまうと、必然的にそのために時間と労力が失われ、その活動によって、
この人生で本当に重要なこと、すなわち、主のために霊的に成長し、前進し、
実を結ぶことから引き離されてしまいます。
そして、「物事を自分の手で何とかしようとする」その道を十分に遠くまで、
長く進んでしまえば、その人の信仰そのものを完全に損なうことにもなりかねません。
何と言っても、神がすべてのことを完全に支配しておられるのではないでしょうか?
神は私たちの助けを必要としておられるのでしょうか?
(リンク参照<リンク先ファイルの107頁-/あるいはA4版印刷本「サタンの反乱第四部:
サタンの世界システム・過去・現在・未来」の294頁-を参照下さい)
また、いかなる種類、いかなる程度の反ユダヤ主義も、賢明なクリスチャンにとって
忌むべきものである、というあなたの理解も確かに正しいものです。(リンク参照<英文>)
なぜなら、主はご自分のものを守られるからです。
確かに、現代のイスラエル国家には信者がほとんどいません。
確かに、それは古代イスラエルのように神によって設立された国家ではなく、
人間によって作られた国家です。確かに、彼らの行動は自国の利益のためになされています。
(それはすべての世俗国家について同じです)彼らのすることを好ましく思うことも、
好ましく思わないこともできるでしょう――しかし、それが信者にとってどれほど重要なことでしょうか?
千年王国をもたらすことがおできになるのは神だけであり、神は艱難期の後、
イエス・キリストの再臨によってそれを実現されることを、私たちは知っています。
それまでの間、個々の信者としての私たちの務めは、日々、
主が私たちに望んでおられることを行うことです。
聖書を読み、良い聖書研究のミニストリーにしっかりと取り組み、祈り、成長し、
試練を乗り越え、やがて主が私たち一人一人のために用意しておられるミニストリーに
携わることです。それこそが、私たちの主に喜ばれ、永遠の報いをもたらすものなのです。
1.「私たち」は「私たちの政府」のことではありません。
政府は何かを行う前に私に電話をかけて、私の意見を尋ねたりはしません――
おそらくあなたにも尋ねないでしょう。私たちが政府に影響を与えることのできる唯一の方法は、何らかの政治活動を通してです。
そして、上で述べたように、政治は信者にとって命取りにもなりかねない罠です――
少なくとも、そのようになる可能性は確かにあります。(リンク参照<英文>)
政治には関わらなければ関わらないほどよいのです。
ですから、もっと適切な質問は、「なぜ私たち信者が、どちらにせよ、
このことを必要以上に気にかける必要があるのか?」でしょう。
なぜなら、
1)たとえ自分の持てるすべてを政治に注ぎ込んだとしても、
実際のところ私たちにできることは何もないからです。
2)神がすべてを支配しておられ、私たちの意見にかかわらず、
ご自分の望まれることをなさるからです。
2.反キリストは、確かに偽のメシヤとなります。(リンク参照<リンク先ファイルの2頁-/あるいはA5版印刷本「来たる艱難期第3部B」の本文1頁-を参照下さい)
それこそが、その名の意味するところです。アンチ(anti)には「反対する」という
意味がありますが、同時に「~に取って代わる、~の代わりに」という意味もあります。
獣は自分がキリストであると主張し、多くの弱い信者たち、すなわち、
本来すべきであったように霊的に成長し、備えてこなかった信者たちを惑わすことになります。多くの場合、それはまさに、彼らがこの世的、肉的な解決策を求め、
そのために働くことにとらわれてきたからです。(「大背教」のリンク参照<リンク先ファイルの19頁-/あるいはA5版印刷本「来たる艱難期第3部A」の19頁-を参照下さい)
しかし、最後まで耐え忍ぶ私たちは、もし最後まで耐え抜くことが私たちに対する神の御心
であるなら、あの大いなる日に、復活して主を迎えるために上って行くことになります。
(ピリピ3章19節後半-21節参照)
イエスにあって、 ボブ・L.
ーーーー
169<i>に続く![]()
昨日の空
また、あやしい雲が北から広がって来た
早く買い物済ませちゃおうっと![]()
近道しようと思ったら…階段が途中までしか…
あら~
向こうに渡れる道が池になってる![]()
![]()
1時間に100mm以上も降ったからね…
道路脇はどこもゴミが…
お店の中に雨水が浸水して冷蔵庫が故障中![]()
隣のお店も休業でした…店員さん、後処理に忙しそう![]()
高架下の道路に置き去りの自動車が…どこまで水位が上がったのだろう?
高架橋の上では平和な鳩 🕊♡🕊無事だったのね
今日もありがとう~![]()








