(ひとしずく・<22>ヘブル3章10節後半〜11節)~③彼らは心の中でさ迷い~ | sarah‐mercy

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パウロのヘブル人への手紙 3章 <22>

                  ロバート・D・ルギンビル博士 著

 

Ⅳ. 逐語解釈 :

 

10節後半〜11節

(10b)それで、わたしはこの世代に憤り、[自分自身に]こう言った、

 彼らはいつも心の中で迷いわたしの道を知らなかった』。

(11)それゆえ、わたしは怒って誓った、

 『彼らは決して、わたしの安息に入ることはない』」。

 

彼らは心の中でさ迷い: 

「さ迷う」という表現は、文字どおりの意味にも、比喩的な意味にも用いられます。

ここで使われているギリシヤ語の動詞 πλανάω(planáō/プラナオー) は、

英語の プラネットplanet(惑星) の語源にもなっています。

惑星が「さ迷う者(wanderers)と呼ばれたのは、

恒星が単純で比較的予測しやすい動きを示すのに対し、

惑星の動きは一見すると不規則に見え、

天体力学の高度な知識がなければその運行を正確に予測できないからです。 

 

 自分の恥をあわにして出す海の荒波、さまよう星(プラナオー)である。

 彼らには、まっくらなやみが永久に用意されている。

(ユダ1章13節) 

 

「さまよう」とは、明確な方向性や目的もなく、

一定の秩序や規則性を欠いたまま動き回ることを意味します。

それは、確かな目的を持って行動する人の姿とは正反対のあり方です。

神は私たちの人生に対してご計画を持っておられます。

信者はその御計画を受け入れ、この世の歩みにおいても、

明確な目的意識をもって前進すべきなのです。

 

すなわち、私たち共通の目標である「祝福に満ちた望み」テトス2章13節)、

すなわち救い主の再臨と復活によって永遠に主と共にあることを目指しつつ、

この地上の生涯において主が望まれたことを成し遂げた者として、

良い評価を受けることを期待しながら歩むべきなのです。

マタイ25章21–23節;ルカ19章17節) 

 

(45)主人がその家の僕たちの上に立てて、

 時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。

(46)主人が帰ってきたとき、

 そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。

(47)よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。

 (マタイ24章45-47節) 

 

私たちが教会において主から与えられた使命を果たすためには、

霊的成長・前進・実を結ぶ歩みに身をささげることが不可欠です。

献身が少なければ努力も少なくなり、

その結果、永遠へと向かう道はまっすぐではなくなってしまいます。

しかし神が「この世代」に対して告発しておられる問題は、

単に霊的に前進していないということにとどまりません。

むしろ彼らは、いわば方向感覚を完全に失った状態で、

神が与えられた目的をまったく受け入れようとせず、

神の道ヨハネ14章6節に従う代わりに自分自身の道を選び、

前進するどころか後退している、という点にこそあります。 

 

 これはおのが道を選び、その心は憎むべきものを楽しむ。

(イザヤ66章3節後半c

 

 イエスは彼に言われた、

 「わたしが道であり、真理であり、命である。

 だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

(ヨハネ14章6節/NIV訳

 

ここで問題とされている「さまよい」の性質も、本文の中で明確に示されています。

彼らは――そしてエルサレムにおける責任ある当事者たちも同様に――

「心の中で」さまよっていたのです。

すなわち、思考において、内面において、彼らは主を敬い、

主に従うことから完全に逸れてしまっていました。

そしてそれを一時的ではなく、「いつも」継続的に行っていたために、

ついには主を憤らせ、嘆かせる結果に至ったのです。

もちろん、これは人間的な感情表現ですが、ここでは、

こうした危険な道を歩み続けることがもたらす結果の深刻さを、

私たちに強く印象づけるために用いられているのです。 

 

 悪人と詐欺師とは人を惑わし(プラナオーπλανάω/planáō)

 人に惑わされて、(プラナオーπλανάω/planáō)

 悪から悪へと落ちていく。

(第二テモテ 3章13節) 

 

出エジプト世代、そしてそれに続くあらゆる「この世代」が真理から離れ、

主を捨て、この世の作り物の幸福を追い求めるというその傲慢な振る舞いは、

きわめて深刻なものです。

しかし、上の箇所が示しているとおり、偽りを受け入れることは、

単に人を欺く行為であるだけでなく、自分自身をも欺く行為なのです。

欺く者たちは、まず自分自身を欺いているのです。

(「他人を真理から迷わせながら、自分自身も同じ迷いに陥っていく」) 

 

このような心の頑なさ(硬化)は、やがて背教や「死に至る罪」という

最も恐ろしい結末に至る行動へと進むための前段階であり、

最初の欺き手であるサタンの歩んだ道筋と同じ型に従っています。[1] 

 

(13)あなたはさきに心のうちに言った、

『わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、

   北の果なる集会の山に座し、

(14)雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう』。

(15)しかしあなたは陰府に落され、穴の奥底に入れられる。

 (イザヤ14章13-15節) 

 

(17)あなたは自分の美しさのために心高ぶり、

 その輝きのために自分の知恵を汚したゆえに、わたしはあなたを地に投げうち、

 王たちの前に置いて見せ物とした。

(18)あなたは不正な交易をして犯した多くの罪によってあなたの聖所を汚したゆえ、

 わたしはあなたの中から火を出してあなたを焼き、

 あなたを見るすべての者の前であなたを地の上の灰とした。

(19)もろもろの民のうちであなたを知る者は皆あなたについて驚く。

 あなたは恐るべき終りを遂げ、永遠にうせはてる」。

(エゼキエル28章17-19節) 

 

 

 あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、

 その父の欲望どおりを行おうと思っている。

 彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。

 彼のうちには真理がないからである。

 彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。

 彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。

(ヨハネ8章44節) 

 

 


[1] BB 4B「救済論(Soteriology)」.II.2.d.「心の硬化・第一段階――真理の暗化

(PhaseOne Hardening of the Heart: Darkening of the Truth)」を参照。 

 

<23>に続く 下差し

 

 

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 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、

自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
 

 そんな小さな事さえできないのに、

どうしてほかのことを思いわずらうのか。
 

 野の花のことを考えて見るがよい。

紡ぎもせず、織りもしない。

しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、

この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

(ルカ12:25~27)

 

感謝します

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