さて、
オンナの自立シリーズは一旦お休みして、
今日は「脳と創造性について」書きたいと思います
いつも私がバレエリトミックの先生を育成する時に話していることがあります
それが、
教育の究極の目標は、
「意欲」と「創造性」
そしてアインシュタインやダヴィンチが持っていたであろう「ひらめき脳」
だということです
それが人間にしかない、
人間がコンピュータよりも勝るものだと思うからです
創造性は、
個性と社会性の掛け合わせ
ひらめきは、
知識や経験のストックから
最適なものを組み合わせ編集して
新しい価値を生み出すこと
つまり言い換えれば、
古いものの組み合わせで
新しいものを作る
ということですかね
そして、
その為の個性もストックも
素敵なものを自分の中に持っておく方法はただ一つです
それは、「ライブ」
生演奏、生景色、生舞台、生体験…
YouTubeやネットの写真からではなくて、
実際に足を運び、手に取り、聴き、観て、感じる
今はグーグルアースでどこへでも擬似的に行けます
けれど、
写真でどんなに凄い世界遺産の景色を見ても、
そこに実際行って、
大地に足を伸ばし、
風の匂いを感じて、
視覚に飛び込む何万画素では言い表せない情報量の圧巻の風景を見て、
その場にいなければキャッチできない周波数を耳から脳へ送る体験をしなければ
それは本当の意味でのストックにはなりません
まさに「オーバーフロー」の世界です
景色だけでなく、音楽も舞踊もそう
ちなみに、文字のない民族はあっても、舞踊のない民族はないそうです
諸々端折りますが
そう
踊ることは 生きること
です
太古よりヒトは
誰かが生まれた時も
何かを鎮める時も
祝いの時も戦いの時も
自然を祀り
その祈りと共に
時に海となり空となり大地となり火となり
踊ってきたのです
そして、
思いが溢れた時
言葉よりもジェスチャーが先に出るように
私たち人間は、
溢れる思いを身体表現することが得意な動物です
その身体表現の高みにあるものが
「舞踊」なのかなと
その目的はまさに
魂のエネルギーの交換
…というと怪しまれるかな
笑
あ、そうだ、
昨日ピアニストと話してたんですが、
デジタル処理された ドの音
スタインウェイのピアノの ドの音
後者のドには、
ドだけではない色々な周波数が確認できるそうです
(天然の精油の話と同じですね)
人間にとって
音楽も舞踊も生きるエネルギーで、
アートな側面だけでなく
生で感じることに本質の意味があります
意欲と創造性とひらめき脳の
タネになるということです
記憶や経験といった「タネ」は
側頭葉にストックされ、
必要な時に前頭葉へ引き出され創造性へ
その為に固定概念を捨てる習慣
未開拓の地に自分を放り出す訓練
が必要です
今春からレギュラーで始めたセンスリッチプログラム
昨日のセンスリッチのレギュラークラスでは
英語でお買い物ゲームをすべく
それぞれが商品を作り始めました
商品を作るとき、
私は子どもたちに
「リンゴが赤い丸とは限らないよ」と伝えます
でも、ポッカーンだったのでw、
先週、先に変な図形を作らせました
そこに思いのままに色紙をのせて…
それはクリエイティブなものが出来上がりました✨
くつ
ぼうし
ダイヤモンド
野菜ジュース
ハイボールw
他にもたくさん
そのどれもが想像を超えた形をしていて
靴ならこの形、ダイヤならこの形、
みたいな固定概念が無い世界
子どもの発想力にも驚かせられました
というわけで、
アートの側面、人間力を高める側面から
私が毎週研究実施しているクラス
そのコンセプトを
1dayのプログラムにして
広く一般の小学生に参加してもらえるカリキュラムを実施するのでご案内させてください
福岡市教育委員会の後援を頂き、
今日あたり小学校よりご家庭に配布されます
「ライブ」にこだわりました
最後は子どもたちにもライブを創ってもらいます
踊るのが苦手な子は
自分が作った「音」を隅で奏でるもよし
作ったアート作品に顔を隠して運ぶ役でもよし
十分立派な創造とそのアウトプットの一歩です
各ジャンルを全部繋げて
一つの作品にしてみます
繋げることに新たな価値があります
無謀なチャレンジですが、
私の腕の見せどころです
日常の様々な物事に対して
自分がどう感じたのか
そこに心を置くというか
自分と繋がっている事が
創造性の原点とするなら
やはり、「感じられる環境」を提供する事が
私たち教師の役割だと思っています
福岡で行われる様々な「ライブ」に足を運ぶ人が増え、
生きるエネルギーになるアートが日常に溢れて、
ついでに未来の逸材がバンバン輩出されてw、
福岡市の街と人が、
世界にその存在感を発揮してくれることと、
どこか誰かの毎日の子育てでの何かのヒントになる事を願って
芸術祭参加事業の方も応援よろしくお願いします✨



