こんばんは、こが まゆ です。
不登校初期〜中期にかけて、悩んでいた頃
子供のご飯は毎日用意してあげましょう。
食べるか食べないかは別としてね。
と、受講した講座でアドバイスをもらったことがあります。
言われた通りに作ってはいるんだけど、
なんかうまくいかなく。
なんか状況も改善しない。
食べなかったら捨てるだけでもったいない。
なんか釈然としない、モヤモヤする。
当時の私はそんな状態でした。
ご飯を用意する。ご飯を作る。
そこに込める本当の意味を私は理解していなかったんです。
意味も一緒に言ってくれてたはずだけど、きっと華麗に受け取りたいとこだけ受け取ってスルーしてた。と思う。
(ブロック発動あるある)
うまくいかないの「うまく」とか
状況が改善するの「改善」も
子供を学校に行かせるために、ご飯を用意していたので、まぁうまく行くはずがないんです。
どっちつかずのグレーなままの状態が、私は不安でキツかったから。
だから、行かせようとしていたのです。
本人も操作(コントロール)されている気がして、きっとイヤだったと思います。
恐れや不安からのコントロールでしたから、何かしら私の言葉や行動の背後に不快を感じていたと思います。
今、「美味しいごはん」の本を読んでいて、その中の言葉をお借りすると、
何をしてもつまらなくて、どこか冷めていて、無味乾燥に見えていた世界。
人と話すこともしんどいし、常にネガティブ。
心はずっと、一人ぼっちだった高校生のちこさん(不登校ではないです)
当時の息子も、同じように心のリハビリが必要な状態だったんだなということ。
心のエネルギーがすでに空っぽ。
そんな状態なのに、親から小言ばかり言われたら、さらに子どもの心はスカスカにしかならないのです。
そして、ご飯を用意する、本当の意味は
子どもの幸せを願うなら、あたたかいごはんで迎えてあげる。
子どものそのまんまで輝けるように見守ってあげる。
これが、子供が食べるか食べないかは別として、ご飯は毎日用意してあげてね。
と言わんとしてたことなのでしょう。
それでも、言ってることはわかるけどなんかモヤモヤする、やってもなんか抜け出せない。
子どもにどうしても言いたくなる。
というふうに感じているのなら、力づくで味つけしようとしているのかも。
なので、そういう時は自分の話を自分が聞いてあげる方が先かも。
自分と向き合う時ですね。
一度立ち止まって考えます。
自分の頭の中に渦巻いている思いを、いったん頭の外へ出す。
ノートに書き出す。
切なさでもういっぱいなのかも。
悲しさに気づいてほしいのかも。
もう頑張れないって言ってるのかも。
蓋をしてがんばってきた自分の本当の気持ちにひかりを当ててあげる。
今はとにかく余裕がなくって、しっかり休養をとることが必要な時なのかもしれない。
自分の中の内なる声をそのまんまをまずは聞いてあげる。
そちらを先にやった方がいいかも。
