登山 | 東京・横浜物語

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西麻布に生まれ育ち、現在は横浜に居住する筆者が、
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「箱根の教訓と小諸の成功話:飴玉の威力、昭和と令和」


小学生の時、東京都港区の公立小は神奈川県箱根にある、

「箱根ニコニコ高原学園(通称ニコニコ学園)」で林間学校があった。


そこでは地獄の「金時山登山」があり、

体験した者は皆、余りのヤバさに嫌悪と憎悪の対象となり、

未だに悪夢だと思う者は多い。(笑)


改めて調べてみると、当時のコースは、

公時神社入口から金時山へ登頂後、

長尾山へ縦走し乙女峠まで行く、

コース定数15にも及ぶ地獄ルートだった。


こんなの入門小学生にやらせるのは狂気の沙汰かと。


さすがに昭和だ。(笑)


最後の写真にあるように、

この時の私はヘバりにヘバッた。


帰宅後、昔は北アルプス派で、しかも冬山すらやっていたバリバリの登山趣味人の亡き父に悲惨な登山の様子を訴えたのである。


その1年後だか2年後。


私は中学1年生になっていて、

やはり東京都港区の当時の夏の行事である、

「小諸高原学園」に行き、

霧ヶ峰登山の入口に立っていた。


小学生の時と違っていたのは、

亡き父が私に決定的に大切な物を沢山持たせていた事にある。


それは飴だ。


大量の飴だ。


登山をする時は大量の糖分が必要なんだ、と。


水分以外に私はこの登山中、

ずっと飴を舐めていた。


お陰で楽勝で歩き通せた。


まあ、コースを見ると、

中学時代は金時山ほど酷くないし。


多分、親から小学時代のトラウマにより中学に苦情が入っていた可能性もある。(笑)


まあ、ともかく。


あれから何十年もの歳月が流れていて、

すっかり老いている私ではあるが。


令和の最新型の登山をしている私は、

昨年の富士山須走ルートでも、

今年の首都圏最悪級登山道の丹沢バカ尾根でも、

コカコーラ、クエン酸アミノ酸、酸素水、カリウム配合飴と遥かに進化した物を投入し、

見事に無敵登頂をしている。


今の私はバカ尾根と富士山須走ルートまでなら獲れる。


しかし今年悪天候で中止した富士山最難関の御殿場ルートや、

北アルプス表銀座縦走級になると未知数だ。


来年に備えて今から鍛えないと。


昭和の小学生の飴玉から考えると、

令和の登山の進化は凄まじいものがある。


変わらぬ物はお弁当だけだ。(笑)