きょうも

 

定時に市役所へ行き

 

定時に休み時間がやってきて

 

定時に幼稚園の預かり保育のお迎えに行き

 

定時に娘たちの習い事の付き添いに行き

 

定時に帰宅する。





定時にじぶんを合わせることは

 

毎日なんども当たり前のようにやっているけれど

 

本当は「時間」という概念って

 

人間が勝手につくり出したもの。

 




長い時間と感じるときだって

短い時間と感じるときだって

人それぞれ、タイミングそれぞれなのに

 

すべて一律に

1秒、1分、1時間の定義という枠に

じぶんを押し込めているじぶんに気づき

 

ほんとは今休憩したいのにとか

ほんとは今珈琲を飲みたいのにとか

ほんとは今ひとりになりたいのにとか

 

様々に湧いてくる感情を

いったん無いものにしてしまいがち。

 

そして

そのままどこかに葬り去られがち。

 

やってしまいがちで

どうにもできないことも多々あるけれど

 

これは

自分を犠牲にする典型的な無意識の行動。

 

自分を大切にする行動とは

かけ離れたものだと思う。

 




そんな時

 

あぁ私は今休憩したいんだね

あぁ私は今珈琲が飲みたいんだね

あぁ私は今ひとりになりたいんだね

 

その時のじぶんの気持ちを

自分でわざとらしく意識し受け止める。

 

これによって

無いものにされず

葬り去られることはなくなるのよね。

 

これがずいぶんと習慣化してきました。

 




ただ自分に意識を向けるだけで

その積み重ねを経ると

 

「私」という存在のちからの発揮度が

変わってくるはず。


ただね

なんで休憩したいのかな

なんでひとりになりたいのかな

なんで珈琲飲みたいのかな

なんで甘いもの食べたいのかな


って分析することも

セットでするとさらに効果的で


それをしないと

エンドレスだな、、とも思うし


甘いものを食べた際には

身体への負荷がかなり大きくなるよね。





仕事においても子育てにおいても

暮らしのどの場面においても

 

じぶんに誠実に生きることや

いのちのじかんを大切に使うことは

最も大事なことだと思うのです。