娘は現在アラサーです。
これは20年ほど前の話。
前の話 ![]()
療育を受け始めたのは、娘が小学3年生だった11月。
私は書字障害と計算障害を気にかけていました。
2学期の終わりには、小学校の担任のT先生から
「漢字、だいぶんかけるようになってきましたよ」
と、言われるようになりました。
計算の遅さは相変わらずでしたが…。
療育を受け始めて1年経った頃、再度 発達検査をしました。
結果はIQが70から80に上がっていました。
上がり方が、平行移動したような上がり方でした。
こんな感じで(例)
黒が前回。
赤が今回。
療育を担当している言語聴覚士のK先生は、
「問題はIQじゃなく、4項目の中に落ち込んでいる部分があることです」
(娘が受けた検査はWISC。
4項目は「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」。
これを折れ線グラフで示していて、発達障害の子は極端に下がっている部分があるのが特徴だそうです。
だから発達凹凸って言われるようになったの?)
「この落ち込んだ部分が学習困難につながっています。
そこで私たちはその子の得意な部分を使って、不得意な部分をカバーすることを教えています。
“方略を身につける”と言っています」
と教えてくれました。
娘の漢字の苦手さに対しては、どうしたら覚えられるか、書くことができるか。
その 「どうしたら」 の部分を療育で学んでいるのでした。
娘はここで、娘なりの勉強方法を学びました。
この療育の顧問をされている先生の講演会に行ったことがあるのですが、先生は
「僕はLD(学習障害)をラーニング・ディスアビリティじゃなく、ラーニング・ディフォレンスにしたい。「学びの違う人、学び方の違う人」としたい」
とおっしゃっていました。
「学び方の違う人」だとしたら、集団で学ぶ学校はLDの人には合わないかもしれない。と思ったのです。
置いてけぼりになりやすいのは、学び方が違うから?
あれ? じゃあ、この子にとって学校って何?
「学び方の違う人」に合う「学びの場」はあるの?
この頃から、この疑問がずっとつきまとっていました。
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学校のテストは記述式です。
書字障害の子は、かなり苦労します。
書けないために点数にならないことがいくつもあるでしょう。
でも、口頭でなら答えられる子もいます。
ちゃんと理解しているのです。
理解度をはかるテストで、
書けないだけで「わかっていない」とみなされるのは、
どうなのでしょう?
この疑問は20年前のことです。
今の学校は変わってるのでしょうか・・・?

