誰もが通る道なのか?


通らない人もいるんだろうか?





88歳の母にして


49歳の私でよかったなぁと


いよいよ母の介護の時を迎えて


思ったのであった。





想像以上に


介護というものは


体力を使うものだった。





ましてや介護ベッドなどの


専用のものがあれば


まだ良かったのかもしれない、


何もない、ましてや私自身、


全くの介護未経験…




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88歳で迎えた


2023年11月末のその時まで


ピンピンしてた母が


その時を境に


別人のようになってしまった。






ただの風邪かと思っていたら

それは肺炎で

即入院となった。





延命処置をどうするか

家族と相談しといても

いいのかもしれません。





お医者さんから聞くそのワードには


父のおかげで


だいぶ免疫がついたもんで


動揺することはなかった。


父の話




でも肺炎で


かなり重度らしいことは理解した。




もしものことは


ありえるんだ…




そんな心配をよそに母は


2、3日で回復し


1週間で退院となった。





病院から帰宅後も


わりとダメージが少なそうで


安心した。

 




父の場合、数多く入退院を繰り返す中


退院後はダメージをうけてるな、と


感じる場面が多かった。


 



そりゃそうだ。





だから


何のダメージもなさそうな母が


凄いなと思った。






でもそれは全くの思い過ごしだった。






母は退院後から


みるみる調子が悪くなった。






戸惑う家族をよそに


あっという間に


食べ物を口にしなくなり


見るからに体力が衰え


トイレにすらいけなくなった。

 





毎週楽しみにしていた


近所の施設での運動と


その後のスイーツの話






それにすら反応しなくなってしまった。




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退院後の再診で先生によると

肺炎後の後遺症だという。

食欲がないということは

寿命が近づいてきたということで

胃瘻をすることもできますが

そこまでするかどうか…云々




後遺症、というワードは


コロナ禍でお馴染みのそれだ。




若い人でも

肺炎後の後遺症はあるんですよ




あーなるほど。


と妙に納得してしまった。





すごすごと帰宅した。


なす術なしか。






一瞬諦めに近い感情が私の中に芽生えた








つづく