目の前で助けを求めている人がいたら
もちろん、助けます![]()
これは人間として当たり前の反応なので
今回は、
そういう話じゃない(ヾノ・ω・`)チガウチガウ
というのが前提です![]()
10年ほど前の私は、
世界にはたくさんの動物が
人間のせいで犠牲になっている話を聞いて
動物保護活動をしたいと
思っていた。
動物たちを救いたい
って、思ったの。
でもね、
そんな思いが強ければ強いほど
なんて人間は最低なやつなんだ
というところばかりに目がいく。
こんな人間のいる世界なんて
滅んでしまえばいい。
そう思っていた時期があった。
でもいつの頃か気づいた。
動物を救いたいという、その意識が
自分自身を苦しめていたということを。
平和な世界を望むのなら
まず、私自身が幸せにならなければいけない。
すべては自分から。
この世界は、自分の放つ波動が
自分の世界を創る。
どれだけ否定しても
りんごが木から地面へ落ちることが
当然であるのと同じで
それは
当たり前に働く法則。
この世のことわりなのだ。
こんにちは!
良い子ちゃんを卒業して
ぜんぶ欲張りに手に入れる!
わがまま覚醒委員長まきです٩( 'ω' )و
動物保護活動をしたいと
思っていた時期に
実際に保護活動を団体として立ち上げ
活動されている人と出会った。
されていることはね、
本当に素晴らしいの。
けれど、その人は
人間を信じられない人だった。
動物にはすごく優しいのに、
人に対しては、ものすごく厳しかった。
人を全然信用していないんだよね。
いつも疑った目で人を見ている。
だからやっぱり、
私もその人と一緒にいるのは
ものすごく居心地が悪くて
向こうから一瞬、
ご縁を切りかけたのに乗じて
スッパリご縁を切らせて頂いた。
その時出会ったステキな人たちも
その人からは、やがて離れていった。
こういった活動ってね。
ホントに素晴らしいのだけど
のめり込んでしまうほど
人間嫌いになる人も
少なからずいるのではないかって
思うんだ。
だって、人間による動物たちの
ひどい有り様を数知れず直視するでしょう?
直視するたびに
人間とは最低な存在だ。
という意識が刷り込まれていく。
だから、割り切れるほどの
強靭なメンタルでなければ
人間不信になってしまうのも
致し方ない。
私も、そうなりかけたんだから。
けれど、この世は
波動の世界。
人間なんて最低なやつだと
思えば思うほど
自分の周りには
最低だと思う人間しか
現れなくなる。
それと同じで
動物を救いたいと思えば思うほど
かわいそうな動物たちばかり
目に入るようになる。
そんな世界は
果たして幸せなのだろうか?
勘違いしないでほしいのは、
活動自体を否定しているわけじゃなくて
私が今、やっていることといえば
動物保護施設に自動引き落としで
毎月募金することくらい。
私が出来ないことを率先して
してくださっているのだから
感謝しかないです![]()
![]()
私が伝えたいことは、
意識のこと。
かわいそうな動物たちが
いることは、直視せざるを得ない。
けれど、自分の活動で
どれだけたくさんの動物たちが
優しい家族と出会い、
幸せになれただろうか?
そちらに意識を向けたほうが
幸せな世界が創られるんだ。
現実世界は
かわいそうな動物。
幸せそうな動物。
どちらも必ずいる。
だからこそ、
幸せになった動物たちのほうへ
意識を向ける。
でなければ、いつまで経っても
自分自身が救われない。
これだけやってもやっても
世界は変わらないと嘆くのか
これだけやったから
幸せな世界が増えたと喜ぶのか。
どちらが幸せになれそう?
どちらが幸せな世界を創れそう?
いつだって決めるは"自分自身"
私も、募金しかできていないけれど、
そのお金で動物たちのお腹が満たされて
幸せな動物が1匹でも多く増えているのだと
思うようにしている![]()
目を背けたくなるほどの
現実を直視して
ひどい世界に嘆くのは
当然のことで
必ず通るべき道。
けれど、いつか気づく。
嘆いて人を恨んでも
世界は(自分は)決して幸せにはならない
のだということを。
動物に限らず
人に対しても同じ。
誰かを助けたいという意識は
助けてほしい人を増やすだけ。
そもそも
誰かを助けたいんじゃなくて
1番救われたいのは他でもない
"自分自身"なのだと気づいて。
自分のことを直視できないから
(代わりに)周りを助けようとする。
そんな人も多いのではないかな。
"周りの人=自分自身"
でもね、
自分が幸せじゃないのに
周りを幸せになんて出来ないよ。
自分と向き合う勇気を。
自分が幸せを感じられるようになったら
周りの人たちも幸せそうであったことに
自然と気づいていきます。
"心優しい
スターシードの君へ"
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わがまま覚醒委員長まき


