祖父が亡くなって20年ほど。
毎年お盆の時期には
親族みんな祖母の家に集まって
みんなでお題目をあげたあと
お墓参りして、
ご飯を食べに行く。
それが毎年の恒例だった。
けれどコロナが流行ってから
お墓参りは各々になり
私も出産してからは
母も「暑い中無理せず来なくて大丈夫。」
と気遣ってくれたこともあり
お墓参りの機会がめっきり
減ってしまった。
それが去年、2024年のお盆。
なぜだか分からないけど
「今年はお盆にお墓参りに
行かないといけない。」
そう思った。
そしてお墓参りした後
久しぶりに祖母に会いに行った。
それが元気な祖母と会う
最期の機会だった。
同年の9月。
祖母と久しぶりに会った1ヶ月後。
祖母は脳梗塞と脳出血で
一命は取り留めたものの
目を開く以外の反応は
一切出来なくなった。
私がいつもお見舞い行くと
一度だけ目を思いきり開いてくれた。
言葉にできなくても
話せなくても
動けなくても
私が来たことは分かってくれていたみたい。
そして今年の6月26日。
祖母は息を引き取った。
あの時の
"お墓参りに行かないといけない"
その直感は
”元気な祖母と会えるのは
これが最期だよ。”
というお知らせだったのかも。
もし、その直感を
行動に移していなければ
私はまた、後悔したかもしれない。
祖父のときのように。
祖父のときは
亡くなるまでの間が
急だったこともあって
自分と向き合うことも
知らなかったあの頃、
祖父を大切にしてあげられなかった
出来事が走馬灯のように蘇り
たくさん後悔した。
けれど、祖母のときは
後悔する気持ちは
まったくなかったんだ。
私が結婚してからは
直接会う機会が
減ってしまったんだけど
私の母と、叔母夫妻と一緒に
旅行へたびたび連れて行ってもらったり
祖母のことが
育ての親同然だった従姉妹が
子ども達を連れて
ちょこちょこ遊びに来ていたらしい。
だからきっと
寂しい思いはしてなかったんじゃ
ないかと思う。
私も独身時代は
祖母と母と、叔母夫妻と
よく旅行に行った![]()
私のFacebookも
よく見てくれていて
わりとコメントもしてくれていた。
思い返せば
祖母とのたくさんの思い出があって
だからもう二度と
祖母の笑顔を見れることが
ないのだと思うと
ものすごく切ない気持ちになる。
魂は永遠だから
消えないことは知っている。
けれど、
もう二度と触れ合えないことが
この上なく寂しいのだよね。
会えなくてもどこかで
元気でいてくれることと
亡くなってもう二度と
会うことが出来ないのは
やっぱり全然違う。
この感覚は、
地球にいてこそ感じるものだね。
お通夜も、お葬式も
この目で祖母の姿を
見ることはできないんだけど
あぁ、この辺りに立っている感じがする。
というのは感じていた。
薄紫色の透けたような軽いシャツと
茶色のような濃い色のズボン。
表情を変えずに
様子を見ているような姿。
直接は見えないけど
なんとなく感じるのは
第三の目で見ているんだよね。
私も子どもの頃は
火の玉がハッキリ見えたり
幽霊の声がしっかり聞こえたり
したことあるんだけど
大人になってからは
一切見えない。
こういう時だけは
姿が見えたらいいのにって
祖父の時も、愛犬の時も思った。
けれどそれが出来ないのは
きっとお互いにとって
この世に未練を残さないためなのだろう。
祖母とのLINEがまだ
残っていてね。
誤字脱字あるけれど
LINEもFacebookも
使えることがすごい![]()
![]()
ふだんは仕事に家事に
子どもに振り回されて
感傷に浸るヒマもなく
変わらず忙しい日々。
けれどホッと一息ついた時
まだまだしばらくは
おばあちゃんのことを思い出して
物思いにふけっていると思う。
お通夜とお葬式は
ひ孫たちがはしゃいで賑やかだった。
そんな雰囲気を見て
きっと喜んでくれていたかな。
おばあちゃんの子育て時代からの
お友達もお葬式に来てくれて
本当によかった。
足が悪くてお葬式に行けないと
泣いていたそうだけど
もう1人の旅仲間だったお友達に
声をかけたら一緒にこれたんだって。
最期におばあちゃんのお顔を見て
泣いてくれてありがとう。
家族葬だったけれど、
おばあちゃんの大切だった人たちに囲まれた
素敵なお葬式でした![]()
(なぜだか急遽、祖母と2人きりで
旅行に行くことになった珍道中
2017年)
おばあちゃん。
90年間、お疲れさまでした。
これからもずっと
大好きなおばあちゃん。
どうか安らかに眠ってね。
わがまま覚醒委員長まき





