【川崎・横浜】
小学校教員・勇気づけ親子心理学講師
三宅真衣です。
 
 
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【勇気づけ講師を始めるまでの13年間のヒストリー②】

 

教員2年目は、算数の少人数担当だった。

 

クラスを2つに分けたうちの1つを

私が見るというシステム。

2学年、合計4クラスの算数を見た。

 

 

昨年のような大変さはない。

でも不適切な行動で、

注目を得ようとする子どもはいた。

(ふざけてみたり、友だちにちょっかい出してみたり、

いわゆる「かまってちゃん」のような子)

 

 

良いところを沢山伝える。

それは続けた。

 

 

いけないことはいけないと伝えた。

それで、まぁまぁうまくいった。

 

 

授業は楽しみながら学ぶ工夫をしたり、

考える力をつけられるような工夫をしたり、

私自身が楽しかったし、楽しむ余裕がもてた。

 

 

 

2年目の途中で結婚し、出産もした。

 

 

妊娠期間中は、

お腹にいる我が子の成長を

感じることが幸せで

生まれてくることを

ものすごく楽しみにしていた。

 

 

 

そんな中、私の雇用は『契約』という形であったため、

年度末で契約終了を言い渡された。

 

 

 

 

まだまだやりたいこと、やり残したことがあった。

でも子育てしながら、教員として働けるのだろうか

という不安もつきまとっていた。
 

 

出産した先生は辞めてしまい、

続けることが難しい環境だったからだ。

 

 

早くも出産したこと。

それが契約終了の理由にもなっていたのではないか。

そんなことすら頭をよぎる。

(全くそんなこと言われていないのだけど…)

 

 

 

ひたすら走り続けた1年目は

学級をまとめることができないまま、

次の学年へ渡すことになってしまった。

 

 

 

そう自分を責めていた私は、

教員として「能力がない」と

暗に烙印を押されたような

自分の価値を否定されたような感覚にもなった!

(烙印を押したのは私で、

否定したのも私。今ならそうツッコみます!笑)

 

 

自分にますます自信がなくなる。

仕事にたいして劣等感を持つきっかけだった。

 

 

でも、気づかないように気づかないように

自分の気持ちに蓋をした。

 

 

蓋をして平気なつもりになっていた。

 

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【勇気づけ講師を始めるまでの13年間のヒストリー③】

再就職、そして雇用終了通告。

仕事と子育て、突きつけられる「能力のなさ」。 へ続く。。

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