● 発達障害:苦手なことも頑張り続けて、できるようにならないといけないのでしょうか
こんにちは^^ 野田祐佳里です。
東京の桜は、散り始めて葉桜になってきました。
この週末で見納めですかね。
お子さんに、〇〇がイヤだから、学校行きたくない
などと言われると、ザワザワしませんか?
息子が不登校になる前に、算数の授業で、
計算カードを机の順番に並べるのに手間取ってしまって、
隣の席の女の子に助けてもらったけど、
算数の授業を不安に思うようになって、学校に行きたくない
と言っていたことを思い出しました。
当時の私は、
苦手なことも、できるようにならなければならない
とか、
学校は休まずに行かなければならない
などと思っていたので、
息子が不安を訴えてくると、家用に買った計算カードで
一緒に練習をして、何とかみんなについていけるように
と思っていました。
今となっては、そのような繰り返しや積み重ねも、
親子で、徐々にしんどくなっていったように思います。
不登校新聞に、
という記事がありました。
この記事を書かれたフリーライターの姫野さんは、
子どもの頃から算数が苦手で、
こんなに頑張っているのに、何でできないんだろうと、
劣等感を抱え続けてきたそうです。
姫野さんが、自身が計算が苦手なLDの特性を持ち合わせていると知ったのは、
大人になってからだったので、
それに気づくまでは、会社の経理部で、日常的に金庫の現金を数えたり、
エクセルで資料を作ったりしていたそうです。
当時は自分が計算が多い事務職に向いていないことに気づいてなかったので、
仕事ができないのは努力不足だと考えて、
自分を追い込み続けていたそうです。
このように、自分を追い込んだり、否定するような状況にいると、
そのストレスから、心の病などの「二次障害」を起こす人も多くいらっしゃいます。
これまでの日本の教育は、
何でもできる、ジェネラリストが求められていて、
できないことをできるようにすることが良いこと
とされていた風潮があるように思います。
(私も、どっぷりその考え方に染まっていましたが…(汗)
このような風潮があるので、
発達障害のような、得意、不得意がハッキリしている子ども達が
問題視されてしまうようにも思います。
何でもできるのは、一見便利なように見えて、
そこを目指していると、自分が何をしたいかが分からなくなる
という弊害もあるように思います。
そういった意味では、好き、嫌いや、得意、不得意がハッキリしていれば、
嫌いなことや、不得意なことを選ばずに済むので、
自分のやりたいことに気づきやすい
というメリットもあります。
なので、別の視点で見れば、
発達障害の子ども達は、自分に合っていることをすでに知っている子
ということになります。
人は、自分の使命に必要なスキルを持ち合わせて生まれてくる
とも言われていますので、
できないことや苦手なことをやり続けるのは、
自分の人生の目的からは、外れているのですね。
(やりたいことのために、苦手なこともやる必要が出てくることもありますが、
苦手なことそのものが、自分の使命ということはないです。)
発達障害に対する認識や、苦手なこと、やりたいことに対する認識が、
徐々に変わってくると、
発達障害の人だけでなく、感覚が敏感な人も含めて、
学校や社会で苦しむ人が減るのかな…
と思います。
【関連記事】
発達障害だと自己肯定感が低く、不登校やひきこもりになりやすいのでしょうか?【追記】
応援ありがとうございました^^

