空海を知る6
幼少期の不思議な説話
神童として、幼少期から「貴物(とおともの)」と呼ばれていた真魚(まお=空海)は、言葉の上達が早く、言葉以上の言霊まで感知しているようでした。
物心つくころから、真魚は、母方の阿刀家の人たちから、日常的に漢籍を教えられ、親しんできました。
国学に通う、13歳頃までには、漢籍の主要な典籍をひと通りは諳んじていたでしょう。

言葉の発達がすこぶる早く、読み・書き・話す能力の開花が早かっただけでなく、一度聞いたことは忘れず、時間がたっても、聞いたことを復唱できるといった記憶力にも特長があったのです。
その天賦の才に加え、漢籍の素読という一種の記憶術を幼少期から受けることができた家庭環境もあり、、真魚の言葉の異能は、どんどんスキルアップしました。

また、森羅万象の神気、霊威も感じる感性を持っていたそうです。
「玉依姫が生んだ神の子」、と言われても周囲が納得するほどの霊威、霊感を持っていました。

また自然の中~深山幽谷のなか、洞窟滝水のなかに神気や霊威を感じとり、一体になるような超能力を持つ、不思議な子どもでした。
幼いころから、山にしばしば一人行く、といった行動もあったようです。
物心つくころから、真魚は、母方の阿刀家の人たちから、日常的に漢籍を教えられ、親しんできました。
国学に通う、13歳頃までには、漢籍の主要な典籍をひと通りは諳んじていたでしょう。

言葉の発達がすこぶる早く、読み・書き・話す能力の開花が早かっただけでなく、一度聞いたことは忘れず、時間がたっても、聞いたことを復唱できるといった記憶力にも特長があったのです。
その天賦の才に加え、漢籍の素読という一種の記憶術を幼少期から受けることができた家庭環境もあり、、真魚の言葉の異能は、どんどんスキルアップしました。

また、森羅万象の神気、霊威も感じる感性を持っていたそうです。
「玉依姫が生んだ神の子」、と言われても周囲が納得するほどの霊威、霊感を持っていました。

また自然の中~深山幽谷のなか、洞窟滝水のなかに神気や霊威を感じとり、一体になるような超能力を持つ、不思議な子どもでした。
幼いころから、山にしばしば一人行く、といった行動もあったようです。
のちに大学寮を飛び出して、山岳修行の世界に飛び込んだのも、生まれながらの霊的な気質が、自然の中に神の法則を感応していたからでしょう。
5、6歳の頃には「泥をこねれば仏像をつくり、石を重ねれば、塔婆にかたどる」と言われています。

この頃から、真魚さまは「美しい蓮華の上にすわって、多くの仏様と話す夢をよく見る」など、仏にまつわる不思議な体験をするようになりました。

とくに有名な伝説が、「捨身が嶽伝説」です。

この頃から、真魚さまは「美しい蓮華の上にすわって、多くの仏様と話す夢をよく見る」など、仏にまつわる不思議な体験をするようになりました。

とくに有名な伝説が、「捨身が嶽伝説」です。
7歳ごろの話です。このころもお山に入って、山と感応していた真魚でしたが、仏道に入って、この世を救いたいとの気持ちが募り、頂上まで登って、誓願を立てました。
「私は将来、仏の道を歩み、教えを広めてたくさんの人々を救いたい。お釈迦様、この願いが叶うなら、どうぞお姿を拝ませて下さい。
一心にお祈りしたら、お姿を見せ、霊験を見せて下さると聞きました。
叶わぬ時は、私を供物としてささげます」
そして、断崖絶壁から身を投げました。
すると、蓮の花に乗った釈迦如来が現れて、まばゆい光を放ち、天女が真魚を受け止めました。

釈迦如来は、「一生成仏」と告げられました。
これは、確かな心を保って仏道を歩みなさい。そうすれば、悟りを得られる」と請け負われた、ということです。

「私は将来、仏の道を歩み、教えを広めてたくさんの人々を救いたい。お釈迦様、この願いが叶うなら、どうぞお姿を拝ませて下さい。
一心にお祈りしたら、お姿を見せ、霊験を見せて下さると聞きました。
叶わぬ時は、私を供物としてささげます」
そして、断崖絶壁から身を投げました。
すると、蓮の花に乗った釈迦如来が現れて、まばゆい光を放ち、天女が真魚を受け止めました。

釈迦如来は、「一生成仏」と告げられました。
これは、確かな心を保って仏道を歩みなさい。そうすれば、悟りを得られる」と請け負われた、ということです。
