空海を知る7  受験勉強をしていた空海 | 絵本作家 ふじもとのりこの「絵本がもっと楽しめる!絵本製作裏話」

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空海を知る7

受験勉強をしていた空海

空海の生まれた地と伝えられる善通寺からは、白鳳時代の瓦や奈良時代の仏像の一部が出土しています。
佐伯氏は、空海が生まれる前から、敷地に善通寺を建てて仏教を信仰していたのです。
(かなりの経済力があった有力な一族だったことも分かります。)


母方の阿刀一族からも何人もの高僧が出ており、真魚(まお=空海)は、幼いころから仏教に親しんでいたのでしょう。

真魚は、言語能力の発達が早く、記憶力が抜群でした。
というか一度見たら忘れないくらい、驚異的な記憶力だったのです。

13歳で讃岐の国学(役人の子どもたちの学校)に通い始め、儒教や法律を学びました。定員30人の学校です。
しかし、真魚は、わずか2年で、地方学校のレベルをクリアーしてしまいます。

真魚15歳の時、平城京に上京し、佐伯院で暮らしました。
ここは、佐伯宿禰氏の佐伯今毛人が建てた寺です。

中央の佐伯宿禰は地方の佐伯直を束ねる一族です。
讃岐佐伯氏とは直接血縁関係はなく、むしろ主従関係でした。

この佐伯院の近くに、大安寺がありました。
大安寺は中国大陸、朝鮮半島、インドからも僧が来る国際的な寺です。隋・唐への留学僧も多く、真魚はしばしば大安寺にも出入りし、色々な国の仏教に触れました。
海外留学が身近に感じられる環境だったのです。


 やがて、叔父の阿刀大足は桓武天皇の三男・伊予親王の家庭教師となり、長岡京で暮らすことになり、それに真魚も付いていくことになりました。

長岡京の阿刀家お世話になった真魚は、大学寮に入るための受験勉強をはじめました。

 皇子の教育を任されるほどの一流の知識人であった叔父の大足は、

真魚が国学で学んだ基礎知識のうえに、大学で習うであろう高度な漢学を叩き込みました。
 

 当時の中国の役人は書が上手いことも重要でした。
16歳の真魚が漢字の書き取りの練習をした記録が残っています。

のちに日本三筆のひとりといわれだ日本最高の書道家の空海ですが、才能だけでなく若い頃の努力があったのです。

 真魚が漢字の練習のお手本にした書には古代中国の著名人の書いたものもあります。
 そのような一流の貴重な書物は阿刀大足がいたからこそ目にすることができたのでしょう。
真魚の才能に惚れ込んだ阿刀大足は、できるだけの教育を受けさせたのです。