書きためていたブログを掘り起こすことはまだできていませんが、こんばんは、るなべるです![]()
少しメンタルが落ちた時期もありましたが、また復活しました。
復活できたのは恩師のM先生との再会がきっかけでしたけれども、その話はまた後日書きたいと思います。
今日は今日のできごとで書きたいことがあって。
最近、一人で診療しているような気持ちになるんですよね・・・![]()
全くチーム医療って気がしない。
孤立しているのともちょっと違うけど、、孤独?な感じ。
昨日の手術とかはうまくいったし、チームのメンバーと揉めているわけではないのですが、一体感がない。
今日は症例カンファレンスがあって、後輩の症例に対しての「考え方」に突っ込んでしまったのですが、なんかしらっとした空気が流れてしまって、正義感ふりかざして発言するんじゃなかった、と後悔しました。いつものことですけどね。
結論としての「治療方針」はいいとしても、もともとの科としての方針と主治医としての意見をどう伝えるのか、というのがちょっと引っかかってしまって。
今うちの病院では、ある基礎研究を行っているのですが、その結果は患者さんにはお返しできないものなんです。研究段階なので。ですが、主治医がそれを鵜呑みにして治療方針の決定に影響が及ぼされそうになっていて、しかもそれを病棟医長が後押しするっていう、それって倫理的にどうなの?っていう。
もちろん有効性が明らかな結果だったら解析を待たずに臨床に取り入れるのもアリですけどそれならそれで、必要な手順・手続きがあります。研究計画書に「患者に結果を返さない」と書かれている以上、それに主治医が影響されすぎるのはどうかと思います。
まぁいいんですけどね、別に。
私は主張するときの口調は強いけど、別に「怒っているわけじゃない」ので、カンファの後まで自分としては引きずってないつもりなのですが、周りから腫れ物に触るような感じで接せられる気がしているので、はぁ~あ、と思います。まぁ私の物言いが強いのがいけないんでしょうけどね。
加えて、その後輩の症例の一件がある前に、私の症例をカンファレンスにあげたんです。
AとBとどちらの維持療法の薬剤がいいか?って聞いたら、教授から「どっちでもいい」と言われて。
保険適用上、どちらも使えることは私だってよくわかっています。
そのうえでの意見を聞いているのに「意見は特にないです、主治医の裁量で決めてください」と言われて、頭にきてしまって。
周りも「しーん」って感じで。
もちろん私は婦人科腫瘍専門医だから最終的には自分で決めますけど、あんたら意見もないのかよ、って周囲に対して不満に思っています。
少し前に、別の患者さんなんですけど、卵巣癌の遠隔転移でプラチナ不応性になってしまって、単剤治療をしていたCさんという方が、緊急入院しました。入院時のは全身状態が悪く、とても化学療法を続けていける感じではなかったのですが、本人は最終的に治療継続することに同意されました。
その決定もすごく判断が難しくて、未婚独居の70歳台。
家族とは疎遠で、介護してくれるような親戚もいない。
経済的に困っている様子は全くないので、一人でバリバリ働いて生きてきたのかもしれません。
「私はいつ逝っちゃってもいいの」と口癖のように話す一方で、今回の緊急入院時に撮ったCTで病状がかなり悪く、残された時間が少ないことを伝えると、涙ぐむような様子もありました。
今回、私が困ったのはCさんに明確な「希望」がないことでした。
・抗がん剤を続けたい、やめたい
・残った時間を家で過ごしたい、施設で過ごしたい
・どこか行きたいところがある、食べたいものがある、会いたい人がいる
そのような希望を持っている人に合わせた治療を考えることはさほど難しくありません。
ですが、すべて「どっちでもいい、行きたいところも特にない。家にいてもぼーっとしているだけだから、入院でもいいし、施設でもいいし」「治療については先生に任せる」と。
そんなに病状の理解が悪い人だとは思いません。わからなくて、全部医者に投げている感じでもないのです。
ただ心底どっちでもいい、という感じでした。
Cさんの本心がくみ取れず、私はこの1-2週間かなり悩みました。
血液検査のデータも悪くなってきており、今、化学療法をやったら副作用で死ぬかもしれない。
最終投与から1か月以内の死亡は、原因がなんであれ、化学療法死とされます。
かといって、化学療法をやらなくても、腫瘍の増大速度が速く、2か月もつかわからない。
「単剤治療をやっても焼け石に水、やめたほうがいい」と客観的にはわかっているのですが、主治医としての主観が、「万が一にも腫瘍の進行を数週間でも食い止められる希望にかけたい」といっており、どうすればいいのか全くわかりませんでした。
本人が抗がん剤をやってでも生きたい、と言っているわけでもないのに、化学療法を行うのは間違っていると思いながらも、ここで「BSC(緩和的治療のみにする)」を提案してしまったら、本当にストンと逝ってしまうような気がしました。
結論から言いますと、現在、化学療法を行っています。
緩和専門の先生からすれば、死ぬ間際まで化学療法をするような医師は無能だとお考えになると思います。そういう感覚ももちろんわかっています。私はできることなら、癌と闘わない穏やかな時間を最後に半年くらいは用意したいと常々思っています。
ですが、今回の選択はこれが正しかったと自分のなかで信じています。
化学療法を再開してから、Cさんは活気が出てきて、笑顔がみられるようになりました。
癌性疼痛に対して開始した麻薬のせいでみられた眠気もあるとは思いますが、化学療法を再開すると決める前までは、ぼーっとしていた時間が多く、応答も曖昧でした。
今は「ちょこちょこ動くようにしている、これは食べにくい、これは食べられた、足のむくみが少しよい」など細かい症状を聞かなくても報告してくれるようになりました。「がんばる」と話してくれました。
たぶん、「頑張る目標」を見つけて、少し気持ちが前を向いたのではないかと思います。化学療法で癌が治ることはもうない、と何度も言っているので、さすがにこれで長生きできるとは思っていないと思います。治療を再開しながら、万が一に備えて最期を過ごす施設も、SWの手を借りながら探し始めています。
最期にお別れの時を一緒に過ごす家族も、
出かけたい場所もないCさんに対して、
私は化学療法をやめたときに、どういう時間を提供できるのか、見いだせませんでした。
だからひとまずは、私が提案した治療をともに頑張ることを目標に残りの時間を生きてもらうことにしました。
Cさんが私にある種の親しみを感じてくれているのはわかります。
手芸が趣味で、もっと元気な時ですが、パクリタキセルによる手のしびれが強いなか、お手製のペットボトルケースを作って、私にプレゼントしてくれました。
だからってわけじゃないですが、私のCさんを思う気持ちもきっとどこかで伝わっていると信じています。
年始には副作用が出始めて、やっぱりやるんじゃなかったとお互いに思う日が来るかもしれないけど、今はこれでよかったと信じることにします。
こういう悩みを共有できる仲間がいないことが今はつらいです。
私の決定に反対もしないし賛成もしないチームのメンバー。
緊急入院したときに「なんの人だっけ?」とチームの先輩に言われたことがすごくショックでした。そんなことも把握していないのか、と。
私が自分の患者に対して思い入れが強いことは、たぶん皆感じていると思うのですが、同じ熱量でものを考えてくれる人がいないのでとても残念です。
仲良しのY先生が今まではそういう役割を果たしてくれていたのですが、今はチームが分かれてしまって、ゆっくり相談する時間もとれません。
婦人科腫瘍専門医なんだから自分で考えて、と言われれば、それまでですけど、同じチームには私より6個上、7個上の先輩もいるので、少しでも臨床経験、人生経験が長い立場からの知見はないのかい、と失望する気持ちもあります。
まぁでも最低限、反対されたり邪魔されるよりはいいかもしれませんけど。
そんなモヤモヤを恩師M先生と再会したときに吐露すると、
「るなべる先生には言いにくいと思うよ」と言われてしまいました。
実は4月以降私は、国内留学という形で病院を異動するのですが(それはまた後日書きます、たぶん)、「それでよかったじゃない。新たな刺激があるよ」と言われました。
なんだか、長くなってしまいましたけど、そんな少し寂しい気持ちを書き留めておきたいと思いました。