なんだかんだ、前回から日にちがあいてしまいました。

日々そこそこ忙しく過ごしています。

 

最近はよくも悪くも仕事にこなれてきてしまって、あまり新鮮味がありません。特にご報告することもないのですが、、、

 

近況をつれづれに、このブログの原点ですね、書いていきます。

 

先日卵巣がんの手術を行いまして、とても順調でしたけれども色々考えさせられました。

去年はチームの編成上、6個上のY先生と手術をすることが殆どで阿吽の呼吸と言いますか、すごくストレスフリーに手術して、自分がうまくなったかのような気になっていました。

今回、初めて、Y先生と同期のD先生に助手をして頂き、手術をしました。D先生も手術はお上手で、知識もあるのですが、助手の経験数からするとY先生のほうがずっと上なんですね。

するとやっぱり、やりにくい。

Y先生とやっているときは、言わなくても、視野を展開してくれ、「はい、どーぞ」とでも言われているかのようなやりやすさでした。

しかしD先生は私がやりたいと思っていることの意思が伝わらなくて、途中イライラ。でも上の先生だし、強く言えないし。

 

いかにY先生のお膳立てのもと、やらせてもらっていたのかを実感しました。D先生との手術も特に事故なく順調に終わり、みんなに「さすが、早かったね」と褒められたし、患者さんの経過も順調ですが、個人的には満足いく手術ではなかったです。

 

Y先生とだったらもっとうまくできたし、もっと短時間でできた、と思ってしまう・・・

ただ、Y先生が生涯ずっと一緒に働けるわけでもないし、今後私は下の学年の子相手に手術をしていかなきゃいけないわけで、助手に頼るのではなく、私自身がもっとうまくならなきゃ、と強く思ったわけであります。

 

ただ一方で、先日、同僚が行った手術で術後合併症が生じてしまい、結構大変なことになったりするのを見ていると、やはり安全第一だよな、と思うところもあります。

普通は全てが順調にいけば、おのずと短時間手術になるものですが、その症例は順調だと思い込んでいて、他臓器損傷をしていることに気づかなかったようです。

なかなか難しいな、、、と思います。

 

婦人科手術はどうしても、前は膀胱、後ろは直腸に子宮が挟まれているため、臓器損傷リスクが高いという側面はあります。

私も、他臓器損傷を起こしたことがあります。

ひどい癒着があったり、出血がおおくなったりするとどうしてもそういうことはあります。

なので、それを「医療ミス」みたいに責められても困るなとは思います。いちいち、そんなことを言われていたら手術なんてできないし。

もちろん、どうしてそんなことが自分の身に起きたのか、説明を受ける権利は患者さんにあると思います。でも、そこでけんか腰になられても解決できることは殆どないのが現実だと思います。

心情的にはわかりますが、そこで主治医を追いつめても、良い結果は生まれないと思います。

 

化学療法などもそうですが、うまくいかない結果だったときに、医者をサンドバッグのように責め立てる患者や家族がいますが、それは絶対に違うと思ってます。

私自身は経験ないのですが、ちょうど先輩医師がそんな目にあっていて、すごく落ち込んでいます。

患者さん自身はとてもいいひとで、私たちもなんとか長生きしてほしくて心から奇跡を祈っていたのですが、薬が効かなくて、最後はお亡くなりになりました。残された配偶者が、色々納得がいかないと言って、主治医の先生を責め立てて、患者さんが死んだあとも面談を申し込みにきたり、詰ったりしてきています。

そんなことをして、その先生がつぶれてしまったら、その先生の担当患者に向けてどう説明してくれるのでしょうか。

主治医だって担当患者が亡くなって悲しいのに、家族からは詰られる。私たちの心はどこにいけばいいんですかね?

 

結局みんな自分のことしか考えていない。

自分の怒りや、悲しみで精いっぱいで周りのことなんか考えられない。自分の権利が一番大事で、社会的な事情なんてくみ取ろうともしない。

最近はそんな人が多くてうんざりです。

誰のために頑張っているのかわからないなと思うことがあります。

 

疲れているのかも。ちょっと荒んだ気持ちも入り混じっています。

婦人科腫瘍専門医の勉強も思ったように進まないし。

合格したところで、私は一体なににむかって頑張っているのだろう、と思ってしまう今日この頃です。