仕事をしながら三人のこどもを育てた。夫は何もしてくれなかったが、姑は、私の子どもをかわいがってくれた。感謝はしてる。でも、姑の手前、私はわが子を叱ることができなかった。私は、実母にめちゃめちゃ叱られて育ったので、自分が育ったようにしか育てられないから、良かったのかもしれない。子育て期は、とても忙しくて、そのころのことは、何も覚えていない。持ち帰り仕事を子どもが寝てからやっていた気がする。

懐かしい。その時期を離れて、今好きに自分時間を使っているからか、懐かしくて、もっとうまくできなかったかと思う。何年かまえ、末っ子の長男が、進学で家を出た時、それまで、上の子どもと合わせて、10年近く作っていた、朝の弁当づくりがなくなった。しばらくは楽と思ったが、少したつと、もっと手の込んだお弁当を作ってやれば良かったと思った。もちろん一方で、もう二度と朝の弁当づくりは出来ないと思いつつだ。その仕事から、離れてしまったからこそ、もっとできたのではと考えてしまうが、そのころはそれで精一杯だったのだ。

考えたら、夫の弁当は作らなきゃとは思わなかったな。夫は、何かお昼お弁当をとって食べてたらしいが、聞いたことないから知らない。

今、私は仕事的にも多少戦力外で、楽に仕事をしている(給料は減ったが)子育て期の忙しそうな人をみると、大変と思う一方で、ちょっと羨ましくなる。それは、もう絶対その時代にに戻らないとわかっているからだ。しかし、60過ぎてこの先、老いていくのかと思うと寂しくて、どうなるのかなと思う。一方、今まで我慢してたことを我慢せず、実行するのだとも思って、せっせと予約とって出かけてる。