盛岡食いしん爺日記
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暮れてきた盛岡の街。
時刻は7時を過ぎている。
夏至も過ぎ去り、一日いちにちと日が短くなり始めている。
気がつけば、もう高校野球の岩手県大会。
そんな話を蕎麦喰い処「やまや」で、
夕飯を食べながら一緒の人と話していた。
今年も、やるべきこと、やりたいことが山ほどあった。
ある方々への取材、大学時代の友人への手紙、
東京への修学旅行は3年越しの悲願。
どうしてあまり出来ていないのか?
週に2回のリハビリ、大学病院での検査、
火曜、木曜の午後と時々土曜の夕方にバドミントン。
週に1、2度は温泉。
時々、会合もある。
それでも繁忙で時間がないとは言い切れない。
近頃、自分の時間の使い方がよくない。
いや物心ついた頃からかな。
Stairway To The Stars · Johnny Hartman
<2026年1月30日>

どうして時間の話になったか、というと、
蕎麦喰い処「やまや」の暖簾が新しくなっいてたことから始まった。
あの長く垂れていた暖簾が、千切れて三分の一ぐらいになっていた。
いったいどれだけの年月の間に、
幾千、幾万の人々が暖簾をかき分けたのだろう。
それがきっかけだった。
やまやは大正13年創業。
大正6年頃に、やまやのすぐ裏に宮沢賢治の下宿があり、
その頃の井戸が今も残っていて、やまやでも使っている。
いつまで賢治が下宿していたかは分からない。
ただ、賢治のことだ、盛岡に来た時、
この辺りを歩いて懐かしんだと思う。
彼はそば好きで知られている。
ひょっとしたらここでそばを食べたかもしれない。
若くして他界した宮沢賢治はやりたいことが山ほどあったかもしれない。
そんな話をしていると、一緒の人のそばが来た。
ぶたしゃぶのそば。
「お先に」と言って箸を持った。
追いかけるように私のそばが来た。
かけの大盛り。
季節のかき揚げは白エビ、枝豆、玉ねぎ。
いいね~
それにかまぼこ天。
やまやでは天ぷらそばとか天丼がない。
自分でトッピングを考えて好きに食べる。
海老天一本でも注文できる。
玉子もつけて食いしん爺流、やまやで天ぷら月見そば。
薬味についてきた天かすとねぎも入れ、一味をふる。
ついほくそ笑んでしまう。
そばは更科にした。
やまやは三種の蕎麦を味わえる。
奥のテーブルの若いカップルの男性は。
三種を三枚並べて食べている。
以前は、私もそうだった。
蕎麦喰い処やまやでは更科、韃靼、挽ぐるみを一度に味わえる。
大盛りはなかなかのボリューム。
二人ともろくに話もせず、夢中で食べた。
完食し、つゆにそば湯を入れると、ぷ~んと出汁が香る。
いつも二杯は飲んでしまう。
ラストオーダーとなり、新しい暖簾が店の名から下げられた。
少しゆっくりしてもいいだろう。
「時間の使い方、下手くそと言ってたけど」
と聞かれた。
8時頃に目が覚めるが、ついごろごろとしてしまう。
気がつくと昼近くになってしまうと嘆いた。
すると、その人も含めて同じ世代の人は、
9時や10時には床につき、5時、6時に起きるという。
「何時ごろに寝るの?」
ひと頃は11時には寝ていたが、
近頃は床についても寝つけない。
だらだらするうちに12時を過ぎてしまう。
遅い時は2時近い。
厨房から洗い物の音がし始めた。
そろそろ立ち上がった。
大将はいつもの様に元気だった。
帰り道にふと蘇ったある人の言葉。
「眠れなくても床につくことだよ」
一日を大切に生きようとは思っているものの上手くいかない。
疲れた風呂上りなのに、1時間が過ぎても眠れない。
無駄に寝返りを打つだけ。
あれは、けっこうきついものだ。
特に翌日、早起きしなくてはならない日は嫌になってしまう。
大袈裟に言うと自分だけが不幸な気になってしまう。
さて、今夜はどうなるのだろう。
ブロ友さん、誰かいい方法を教えて下さい~
盛岡市大沢川原(下ノ橋袂近く)
蕎麦喰い処やまや













