こんにちは

 

 

 

 

今日は愛犬ロスについてのお話し。

 

見出し画像

 

 

 

小型犬の寿命は、およそ16歳と言われています。
けれど、先天的な病気や体が弱い子、事故で亡くなる子もいます。

愛犬のように、9歳になる前に突然癌で旅立つ子もいて…
思っていたより早いお迎えはとてもつらいものです。

 

この数年、愛犬ロスの苦しさを自分なりに受け止めてきました。

 

出た答えは、「愛犬が目の前からいなくなると、愛犬と過ごすはずだった時間に苦しむ…」ということでした。

 

そう…「思っていたより」という思い込みです。

「20年生きたからよかった」とか、「8年は早すぎる」とか、
命は年数だけで語るものでもないはず……。

 

そう思っていても、やっぱり頭の中は寂しさと後悔でいっぱいになります。

 

それは自分の中で「まだまだ生きてくれる」と信じて、これっぽっちも疑いはしなかったから。

 

朝、目が覚めたら可愛い愛犬の顔が目の前にあって、早くごはん作ってと嬉しそうにリビングに走り出す後ろ姿…

ごはんを作っている間、いつもの定位置でおりこうに待っている健気な様子…

毎日のお散歩で遅れもせず引っ張ることもなく、時々リードが切れた?と思うほど、いつも上手について歩いている嬉しそうなお顔…

 

立ち仕事が終わって座った瞬間に待ってました~とばかりに膝の上にちょこんと座ってドヤ顔を決めるちょっとズルいお顔…

 

そんな何よりも大切で当たり前にあった一瞬一瞬が、ずっとこれからもあるものだと思っていたから。

 

平均寿命から考えたら16年は一緒にいられるはず、そんなふうに自分で未来を決めてしまうこと。

 

それは勝手な思い込みなんだけど、その思い込みよりも長く生きてくれたら「長生きしてくれてよかった」と思えるし、病気や事故で早く旅立ってしまうと、「早すぎるよ」って強く思ってしまう。

 

その悲しみや寂しさは、もしかしたら自分が決めた「一緒にいられるはず時間」になるまで続くのかもしれません。

 

その子が目の前からいなくなっても、心の中では「一緒にいられたはず時間」だけが続いていくんです。

 

現実を受け入れるのは、とても時間はかかるものです。

 

画像

 

 

 

体が無くなっただけで、今は一番近い自分の心の中にいると分かっていても、やっぱり会いたくて仕方がない。

 

あの子の温もりを感じたい、この手で撫でて抱きしめたい…そんなどうにもできない思い…

 

後悔が大きいときはなおさらです。



「本当ならこうして一緒にいられたはず」と思う時間の分だけ、その悲しみは深く長く続きます。

 

毎年の誕生日、桃の節句、七夕、ハロウィン、クリスマス
愛犬と過ごすはずだった楽しいイベント

あるはずだった愛犬との時間を、私は思い悩んできました。
過ごすはずだった、かけがえのない時間を…

そして辛くなって、その時間に苦しめられる

 

 

愛犬が生きていたら17歳。

 

まだまだ生きられた歳だと思うと、それだけで胸がぎゅっと締めつけられます。

 

未だに時々、無性に悲しくなったり、どうしようもなく会いたくて寂しくなる…

だって、あなたは本当に可愛かったから。

可愛くて、愛しくて、だからこそ辛くなってしまう。

 

愛犬・愛猫ロスを軽くする方法なんて、本当はないのかもしれません。

 

その子との関わり方の深さで、感じ方も変わってくるものです。

 

悲しいときは、その感情にとことん向き合うしかないし、愛犬を失った悲しみはこの先も減ることはないと思う。

 

早く立ち直って…
早く乗り越えて…

 

そんなことも思っていない。

 

泣くのを我慢すると悲しみが長引くし、大切な家族が亡くなった悲しみは乗り越えなければいけないことなのか?とも思っている。

 

悲しみはどれだけ優しい言葉をかけられても癒えるものではなく、自分の心に出来た大きな氷のかたまりが、少しずつ少しずつ自分の体温で溶けていくようなもの…。

 

時間を掛けてゆっくりと…

 

自分が決めた「一緒に入られたはずの時間」を使い切るまで…。

 

 

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。