今日は1月17日です
まだ暗かった明け方、いきなり激変した日常。29年経っても、昨日のように思いだします。主に夜に。寒い夜に。
ヴォーリス建築の古い木造は全壊しました。パジャマひとつで避難して、学生だった私は、実家に無事を知らせるために公衆電話の長い列に並びました。その時の空も、今日みたいに晴れていました。ヘリコプターが何機か、飛んでいました。パジャマの上に、誰かが貸してくれたコート、裸足に落ちていたサンダルで。
寒い。お腹すいた。喉が渇いた。お腹が痛い。どれも切実な感覚のはずなのに、まるで他人事のように現実感がなくて。
散乱している美しい煉瓦の屋根。細工が施された分厚いドアは醜く歪んでいました。礼拝堂のコンクリート壁がかろうじて斜めになった建物を支えていて、私たちの命は助かりました。
ちなみに
何時間も並んで電話をかけた関東の実家は留守で
「まさかそんなことになってるとは思わなかった」とお出かけ中でした‥留守電に、私、無事だから!と言って切りました。
大阪に住んでいた当時小学生の従兄弟は
「チョコ姉さんは死んじゃったと思って涙が出た」と後で言っていました。
今年は、元旦からの地震で、崩れた街並みの映像をよく見ます。だからいつもより寝られない夜が多いのかな。(いや単に更年期かも💧)
元旦の地震から半月余り。もぎ取られた生活を取り戻すことは、容易にできないし。被災者の方に「がんばれ」とか「元気出して」という言葉ほどしんどいものはないと知っているから、
ただ祈って、募金するしかできません‥
某野党の議員さん、元タレントの方。すぐさま被災地に乗り込んだ行動力は評価されていいかもしれないけど、炊き出しのカレーを食べて非難されていました。彼は、「被災者をただ助けられるだけの何もできない人にしないために、何かさせてあげないと」みたいなことを言ったと読みました。あのね。いきなり、信じられない災禍に見舞われた人は、何かをしようという気力を奪われて、正常な判断力もなくなるの。置かれた状況をまず、頭と心が受け入れるための時間が、必要だと思う。避難所にボーッと座ってはる方々は、怠けてるんじゃなくて、そうするしかできないんだ。ただ助けられるだけの何もできない人とか言わないで。悔しい、悲しい、苦しい、っていう感情すら現せない状態の人に、「炊き出しの役割を与えてあげてる」なんて、傲慢以外の何者でもないと思います。これは私の考えやけど。