今日はもう、
晩ごはんの洗い物はやりません(笑)。
仕事をして、
チャッピーと今後のことを考えて、
その日にやることをこなして、
買い物にも行って。
気づいたら、
今日の私はもういっぱいいっぱい。
なので、
洗い物は明日。
実は床の隅にも、
うっすら埃がたまっているところがあります。
ロボット掃除機も万能じゃないからね。
でも、
まあまだ大丈夫(笑)。
空いている時間にやればいい。
私は今、
そんなふうに暮らしています。
これを読んで、
「え、洗い物を残して寝るの?」
「埃が気にならないの?」
と思う人もいるかもしれません。
でも私は、
別に家事をしたくないわけでも、
家をどうでもいいと思っているわけでもありません。
むしろ私は、
家を自分が心地よく過ごせる場所にしたいと思っているし、
片づけたり、
掃除したり、
植物を育てたりするのも好きです。
ただ、
毎日すべてを完璧にやる必要はないと思っています。
そして、
ちゃんとやる自分も、
今日はやらないって決める自分も、
どっちも自分で、
それでいいのです。
「女なんだから」
「お母さんなんだから」
「主婦なんだから」
「ちゃんとした大人なんだから」
そんな「こうあるべき」に、
自分の今日を決めてもらわなくていい。
今日の私には、
今日の私の体力があって、
予定があって、
優先したいことがあります。
だから、
今日は何をするのか。
今やらないのは何か。
それは私が決める。
だって、
ここにあるのは、
私の生活だから。
洗い物を今日やるのが正解の日もあるし、
明日に回すのが正解の日もある。
ロボット掃除機が行けないところに自分で掃除機をかける日もあれば、
「今日はまあええか」
の日もある(笑)。
誰かの正解に合わせるのではなく、
その日の自分が決めればいいと思っています。
そしてその判断に、
「ふつうは」
「みんなは」
なんて入れなくていいと思うのです。
これって、
実は子育てで私がずっと伝えていることともつながっています。
私は私。
あなたはあなた。
自分には自分の考え方ややり方があるように、
相手にも相手の考え方ややり方がある。
自分に対して、
「普通はこうするでしょ」
「ちゃんとしなきゃ」
「こうするべき」
と厳しくしていると、
知らないうちに同じ物差しを人にも向けやすくなります。
「え?なんでそうするの?」
「普通はこうじゃない?」
「こうしたほうがいいのに」
って。
でも、
自分のやり方を自分で決めて、
「今日はこれでいい」
と思えるようになると、
人が自分と違うやり方をしていても、
「へえ。あなたにはあなたのやり方があるのね」
と、
少し離れて見られるようになります。
結局、
私は子育てでも、
仕事でも、
暮らしでも、
どこでも同じことをやっているんだと思います。
自分で考えて、
自分で決める。
誰かの正解を、
そのまま自分の正解にしない。
もちろん、
家族と暮らしていれば相手との調整が必要なこともあります。
社会の中で守るべきルールもあります。
でも、それと、
「私は本当はどうしたい?」
を考えなくなることは別です。
私の人生の主役は私。
そして、私の生活の主役も私。
だから今日は、洗い物をやらない(笑)。
今日しなかった洗い物は、
明日の私がやればいい。
それで明日の私が、
今日の私に向かって文句を言うこともあるでしょう。
もし明日の私も忙しかったら?
それが続くようなら、
仕組み自体を見直します。
今までもかなり見直してきていて、
手洗いするものはどんどん減らし、
食洗機に突っ込めるものに置き換えています。
今できることをやる。
そして、
今やらなくていいと思ったことは、
やらない。
そんなふうに、
自分の暮らしを自分で決めながら生きています。
「一人暮らしだからできるんだろう」
そう思う人もいるかもしれません。
もちろん、
一人暮らしだから、
自分で決めやすいことはたくさんあります。
でも、
家族がいたって、
「私はこうする」
と決める自由はあるし、
自分がメインとなってやっていることなら、
自分で決めていいと思っています。
誰かが文句を言うなら、
その人がやればいい。
私は、
やらない人には発言権なんてないくらいに考えてます(笑)。
そうやって、
自分にかかわることは、
自分で考え、
自分で決めて、
自分で行動してきた。
それができるからこそ、
子どもにも、
周りの人にも、
「あなたの人生は、あなたが決めていい」
と本気で言えるんだと思っています。