読了。
先だって読んだ伊坂幸太郎氏の『シーソーモンスター』と同じく、「螺旋プロジェクト」の1冊。
同書掲載の『シーソーモンスター』と『スピンモンスター』の間、つまり、現代が舞台となっている。
死にがいを求めて生きているの (著)朝井リョウ
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死にがいを求めて生きているの
1,728円
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大学4年で、植物状態で眠り続ける智也、その智也を毎日見舞う幼なじみの雄介の様子から物語りは始まり、小学生時代、中学生時代の2人の様子が描かれていく。(太字部分は本作品からの引用)
小学生の雄介は、運動が得意なガキ大将というイメージだったが、物語が進み、大学生になると随分印象が変わる。
登場人物の女の子によると、雄介は、「自分から対立を求める子」とのこと。
そして、雄介のような女の子は多いらしい。
そのような女子は、「何もないところに無理やり対立を生んで、やっと、自分の存在を感じられる子」だそうだ。
そして、そのような子は、運動会などトラブルが起きそうなイベントがないと、ヒマになり、無理やりターゲットを見つけるなどして対立構造をつくり、仲間はずれにしたりするようだ。どうもそれが「生きがい」らしい。
私は、そのような人と会ったことがないような・・・もしかして、鈍いだけか?年代の違い?
さらに、雄介がテスト結果の順位発表にこだわったり、イベントに目立った立場で参加することに対して「火のないところに煙を立たせるのが好きな女子たちとちょっと似ている」と言う。
雄介は、仲間はずれなどは興味がなさそうなので、対立や競争によって自分を確認しているのか。
大学生になった雄介が、テレビ番組の出演を通して、ホームレス援助のNPO法人代表、音楽に合わせて主張したいことを主張するという「レイブ」という活動のリーダーなどの同年代の若者と知り合い、交流するようになる。
団体のリーダーを務めるだけあって、みなエネルギッシュな若者。
その中の一人が自分の活動が立ち消えそうになるが、恋人と心が通った時に「今なら、生きる意味とか、生きがいとか、そういうのなくても、生きていけるかも」と言う。
ちょっと、びっくりした。
「生きる意味」とか「生きがい」がないと生きていけないのか?!
私は、あまりそういうことを考えたことがない。
今の若者は、何だかそんな感じなんだろうか・・・。
さて、対立や競争によって自分を確認しているような雄介に対して、智也は静かな優等生タイプである。
全く違うタイプの2人がどうして長い間友人として繋がっているのか、智也がどうして植物状態にならなくてはならなかったのか、最後まで読んで、分かったような分からなかったような。難しい。
『シーソーモンスター』の北山宮子らによる絵本『アイムマイマイ』の内容が分かった。なるほど、そんな話だったのか・・・。
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最近、遠出をしないので、読書が進む。いや、確定申告の準備が嫌で、読書に逃げているといったほうが正しい。
読書だけでなく、近所の散歩もしている。
冬の晴天という感じ。これは近くの緑道に咲いていた。
少し歩いて、公園のしだれ梅。



