私は基本的に大阪都構想には賛成だったのだが、(後出しジャンケンで申し訳ないが)同時に、橋下氏は今回は勝てないのではないかとも考えていた。これにはもちろん根拠がある。
橋下市長の大阪市の改革を見て、小泉政権の「聖域なき構造改革」を連想した人もいたのではないかと想像している。
実際、両者は本質的には同じものである。
もう3年以上も前になるが、本ブログでは河村たかし氏の名古屋市長当選を受けて、これから日本で改革を進める場合は「議会や職員を頭越しして、直接、国民(住人)に問いかけて支持を勝ち取り、やりたいことを進める」というやり方をとらざるをえないと述べた(→過去ログ)。
このやり方で小泉首相も橋下市長も、反対派の強烈な反撃にあいながらも、圧倒的な人気を背景になんとか改革をやり遂げてきた。また実際、橋下氏は小泉氏のやり方をかなり参考にしているのだろうと感じる(ついでに言えば、あのきっぱりとした引退の仕方などもそっくりだ)。
だが、このやり方には強烈な反作用が伴う。
現在の日本社会において最大の問題は、お金が年配層に流れて、若年層や子育て世代に流れにくくなっていることにある。それが少子化に拍車をかけているという意見もある。
「聖域なき構造改革」とは、乱暴に言えば、「既得権益」となっている年配者層のお金の流れを、社会システムを変えることで、若年層優位にすることにほからならない。
聖域なき構造改革を進めれば、「自分たちの持ち分が奪われた」と知った年配者層がいつか離反して反対派に流れる。年配者層は人口が多く、投票率も高いので、その政権はやがて引きずり下ろされて、改革は頓挫する運命にある。
そう言うと、「小泉首相は高い支持率を維持し、最後は多くの国民に惜しまれながら交替したから、『反作用』などなかったのではないか」と考えた人がいたかもしれない。その点はたしかにそうなのだが、「反作用」があとから起こったからそう見えたに過ぎない。
それが最も如実に表れたのが、「後期高齢者医療制度」導入時の紛糾である。
後期高齢者医療制度とは、ごく乱暴に言えば、高齢者を75歳を境に医療制度を前期と後期に分けて、後期に属する人は、その年齢だと当然起こりうる病気については、健康増進のほうに力を振り向け、現役世代のような「保険を使った完全治癒のための治療」は避ける方向に持っていくというものである。
75歳以上の高齢者の医療費は現在約13兆円で、2025年にはこの倍になると試算されている。なぜそのような多額になるかといえば、日本の医療費は死亡1年前からの「終末期医療」に多額の費用をかけるからである。老人医療費の2割がこの終末期医療にかかるそうだ。年配者層の増加がそれに拍車をかける。
つまり、同じ高齢者でも75歳の前後であまりにも金額が違うので、そのバランスをとろうというのが後期高齢者制度の意義である。
この問題は政府では長年議論されてきたが、年配者層の離反を恐れた各内閣は導入をためらってきた。そこにあえて切りこんだのが小泉政権だった。
ところが、いざ実効となる直前の2008年に大反発を食らう。年配者層からは「老人はさっさと死ねというのか」などと過激なことばも浴びせられた(もちろんそうではなく、本来は「一病息災」の精神に戻ろうということなのだが)。
この問題は政府では長年議論されてきたが、年配者層の離反を恐れた各内閣は導入をためらってきた。そこにあえて切りこんだのが小泉政権だった。
ところが、いざ実効となる直前の2008年に大反発を食らう。年配者層からは「老人はさっさと死ねというのか」などと過激なことばも浴びせられた(もちろんそうではなく、本来は「一病息災」の精神に戻ろうということなのだが)。
当時の福田政権は「長寿医療制度」と名称を改めるが、かえって火に油を注ぐことになり、福田政権は短命に終わる。
福田政権のあとをついだ麻生政権も外交と不況対策以外では力をふるうことができず(その2つが十分にやり遂げられれば普通は合格点であるが、それでも盛り返せなかった)、その廃案を公約にかかげた民主党政権誕生のきっかけとなったのだと私は考えている。
まとめると、「聖域なき構造改革」をおこなうと、その政権がどんなに人気を博していても、やがては大票田である年配者層の反発を生み、その政策は挫折、ないしは骨抜きにされるという運命にあるということになる。
まとめると、「聖域なき構造改革」をおこなうと、その政権がどんなに人気を博していても、やがては大票田である年配者層の反発を生み、その政策は挫折、ないしは骨抜きにされるという運命にあるということになる。
最初の例で言えば、聖域なき構造改革が年配者層の自民党支持からの離反を招き、ついには民主党政権を生んだと言ってもいいのではないだろうか。
これは大阪市においても同じで、結局は「市バス無料パスの廃止」など、目に見える形で聖域なき構造改革をおこなったことが、年配者層の都構想反対票となって現れるのは必然であったわけである。
また、小泉政権の聖域なき構造改革から民主党への政権交代をまぢかで見てきた各政党は、年配者支持層の離反を恐れて、決して橋下氏を支持しなかった。そのため、大阪市はいつも「橋下対全政党」という滅茶苦茶な対立軸で動いてしまうわけである。
今回の住民投票は日本にとっても大事なものだった。もし都構想が勝てば「改革を断行すると必ず負ける」という図式が変わる節目になった可能性もあったし、私も心のどこかで期待していたのだが、結局はそうはならなかった。
これは大阪市においても同じで、結局は「市バス無料パスの廃止」など、目に見える形で聖域なき構造改革をおこなったことが、年配者層の都構想反対票となって現れるのは必然であったわけである。
また、小泉政権の聖域なき構造改革から民主党への政権交代をまぢかで見てきた各政党は、年配者支持層の離反を恐れて、決して橋下氏を支持しなかった。そのため、大阪市はいつも「橋下対全政党」という滅茶苦茶な対立軸で動いてしまうわけである。
今回の住民投票は日本にとっても大事なものだった。もし都構想が勝てば「改革を断行すると必ず負ける」という図式が変わる節目になった可能性もあったし、私も心のどこかで期待していたのだが、結局はそうはならなかった。
これからも政治家は年配者の離反にびくびくしながら改革をおこなうことになる。言い換えれば、ほとんどの政治家が年配者層に気を使いながら、惰性で政治活動を行うだけになる。
橋下氏のように「政治家なんて長くやるものじゃない」と言い切れる次の改革者は果たして現れるのだろうか。
年配者の離反を避けるには、結局は年配者層を「積極的な反対派」にしないために、「孫の世代のために譲って欲しい」と言って、年配者の情や志に訴えるしかない。
年配者の離反を避けるには、結局は年配者層を「積極的な反対派」にしないために、「孫の世代のために譲って欲しい」と言って、年配者の情や志に訴えるしかない。
誰でも「自分のお金が減る」と思えば不安になるのが当然である。働く場がないのに負担が増えることの不安というものは、たとえどんなに蓄えがあっても筆舌に尽くしがたいものだ。結局は、不安を取り除くためのフォローと説明を、それこそ嫌になるくらいに繰り返すしか手がない。
「今までいい目を見てきたのだから我慢しろ」「年配者層を支える若年層を虐げるのはやめろ」などといった言動は明らかに傲慢だ。結局は、年配者層の不安を1つ1つ取り除きながら、説得という形で移行していくしかないのではないだろうか。最後の最後は啓蒙活動である。


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【新刊翻訳書のお知らせ】
『世界のトップエリートが絶対に妥協しない小さな習慣』(大和書房)を出版いたしました。ウォール街のトップエリート女性が書いた、「どうやったら目標を100%成功させて、人生を大きく好転させるか」を解説した本です。多くの人に役立ちすばらしい本ですので、ぜひご一読ください。くわしい内容については→こちらまで。
「今までいい目を見てきたのだから我慢しろ」「年配者層を支える若年層を虐げるのはやめろ」などといった言動は明らかに傲慢だ。結局は、年配者層の不安を1つ1つ取り除きながら、説得という形で移行していくしかないのではないだろうか。最後の最後は啓蒙活動である。

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