「検索するですよ」の言語学 | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

テレビはついていたものの、そのときは本を読んでいたので正確にはわからなかったのだが、おそらくオンラインゲームのテレビCMではないかと思う。女の子のキャラクターがゲームについて独り語りするというものだ。



それの何が気になったかというと、女の子のキャラクターのせりふだ。最後に「○○するですよ」と言ったことである。



ちゃんと調べようと検索してみたのだが、全体のせりふも、何のCMかもわからなかった。たぶん、決めぜりふとして「××を検索するですよ」と言ったのではないだろうか。





「するですよ」という言い方は、現在の規範文法では認められない。ただ、何千万人単位が視聴するテレビで流されたということは、それなりに定着している証拠だ。



私は「こんなの正しい日本語ではない!」などと「正しい日本語論」を展開したいのではない。言葉は常に変わっていくもので、変化の初期段階でその表現は宿命的に「間違っている」ものである。だから、いちいち叩くことに意味があるとも思えない。



ただ、この言い方がいま押されていることにすこし関心が出てきて、今回取り上げることにした。私の考えた仮説をご披露したい。



このCMの「○○するですよ」は、話し手から聞き手への命令・提案・勧誘などとして使われている。つまり、相手の行動を促す表現として、である。



規範的にそれを伝えたければ「検索しろ」「検索しなさい」「検索してね(してよ)」「検索しよう」「検索しませんか」などなど。ただし、アニメの女の子のせりふなので「しろ」「しなさい」は強すぎるので、この中で無難なのは「検索してね」くらいだろう。



言うまでもなく、これ以外にも命令などを表す言い方はいくらもある。たとえば、「検索すること」「検索するんだ」「検索しちゃえ」なども許容できるだろう。「検索すべし」などちょっと時代がかってコミカルな効果が出せるのであえて使う場合もある(クレヨンしんちゃんの「検索すればぁ」のように、文を途中で止める用法も口語では多用されている)。



このうち「するですよ」に近いのは、「検索するんだ」だろう。これに「です」と「よ」がつけば「検索するんですよ」になる。口頭であれば普通の言い方だ。



ただし、「検索する」のが話し手か聞き手かは、いずれもイントネーションで区別される。この場合、「検索する」のは聞き手なので、「検索するんですよ(↑)」などと文末が上昇調になる(あるいは強くなる)。



「するですよ」は、外見上は「するんですよ」だから「ん」が抜けたものだ。



「するんだ」は、「する」に「のだ」がつき「の」が音便化して「ん」になったものだ。



「するのだ」のような文末に「のだ」のついた文を、日本語研究の世界では「のだ文」と呼ぶことがある。そんな特別な言い方があるほどに、「のだ」については膨大な考察がある。それだけ「のだ」の機能の本質がわかりにくいからである。





ただ、そんな中でも、「のだ」に「関連づけ」という機能があることではおおかたは一致している。



関連づけとは、文脈の中で(ほとんどの場合)すでに出ている情報に関連のある内容であることを提示する機能のことだ。


たとえば、「明日は休み。(だから私は)まんだらけに行くんだ」なら、「行くんだ」は「明日は休み」という情報に後ろから関連づけて、「自分が行く」という情報を提示していることになる。



「これから何をするの?」に対して、「まんだらけに行く」だと単なる情報提示だが、「まんだらけに行くんだ」なら、相手に対してそのことと関係のある何らかの情報があると示していることになる。たとえば、「まんだらけは話題になった」や「私がまんだらけが好きなことは知っているでしょ」など、いろいろ考えられる。



具体的な文脈がなくても、「何かの付け足しに言った」といったようなちょっとしたニュアンスが加わる。



もう1つ、終助詞の「よ」については、基本的にはだいたい見解が固まっている。それはその情報が話し手だけが持つ情報として提示しているということだ。たとえば、「明日は休みだよ」は「明日は休み」というおそらく聞き手が知らない情報を、知っている自分が提示するというのが基本的な構造になる(ただし、聞き手が知らないという点についてはまだ議論がある)。



すると、「するんですよ」は、前の情報に関連づけて、聞き手が知らないであろう自分の情報を提示していることになる。「まんだらけに行くんですよ」だと、聞き手は私がまんだらけに行くことは知らないから、それを伝えるんだと示すことになる。



これが、「するんですよ(↑)」と文末が上昇調になったり文末が強められると、先に述べた提案や勧誘などの意味になる。「ヒロシ、いつまでもテレビ見てないで、そろそろ学校に行くんですよ」なら、「あなたは学校に行くのがいつも遅い」など、すでに合意にできている情報に関連づける形で、話し手の立場から「行く」ことを促していることになる。



では、最初に出た「検索するですよ」というCMの表現をどう考えたらいいのか。そのためには、もう1つ丁寧体の「です」について考えなければならない。



本来、「です」の前に来るのは連用形の動詞である(「<名詞>です」は「名詞+です」の場合と形容動詞「~だ」の丁寧形の場合があり、説明が複雑になるので省略)。



たとえば、「検索する+です」なら、「検索する」が連用形の「検索し」になる。ただし、「です」はそのままの形では使えず、「ます」に変えなければならない。だから「検索します」になる。





ところで、形容詞にそのまま「です」をつけることに、違和感がある方はいるだろうか。たとえば、「空が青い」+「です」は「空が青いです」だが、「青いです」という響きになんとも舌っ足らずな違和感がある方がいるかもしれない。そういう人は言語感覚が鋭いと思う。



従来は形容詞にそのまま「です」はつけることはできなかった。それは、「青いです」の「です」を過去にした「青いでした」がいまだに規範的でないことからもうかがえる(「青かったです」となる)。



それを避けるために、以前は「のだ」の丁寧体である「のです」が多用された。「青い」なら「青いです」ではなく、「青いのです」として、この舌っ足らずな感じを避けたわけだ。今でも文章家の人はその点も苦労しているだろうと想像する。



ただし、そうすると、意図しない関連づけという「のだ」独特のニュアンスが加わる。文脈と関係ない文というのは現実には珍しいので、多くの場合は使って問題ないのだが、やはり意図していないニュアンスであることに変わりない。



そこで徐々に「青いです」が許容されるようになって、現在では正用法として認められている。この「青いです」が完全に許容されると、「するです」に対する違和感も時間が経つごとに少しずつ減ることになる。



しかも、「する+ない+です」から出来てる「しないです」のほうは正用法としておおかた認められているので、「するです」のところが、これから認められることを待っている「正用法候補」(=文法的に考えれば、あってもおかしくない使い方)として残ることになる(上の「青いでした」も同様)。



ただし、候補だからと言って、いつか必ず正用法して認められるとはかぎらない。



「するです」は規範的でないゆえにちょっとオタクな感じであるとか、未成熟な印象などのニュアンスを出したいときにマッチしやすい。



つまり、「するですよ」は「するんですよ」と同じイントネーションで使われることで、同じ提案や勧誘の意味を持たせながら、「青いです」に準じた表現(あるいは「しないです」に対立する言い方)として出るべくして出た表現と見ることもできる。表現としてまだ成熟していないから、成熟していないキャラクターに合うわけだ。




「するですよ」がいつ頃から使われているのかはわからないが、たぶんそんなに大昔ではないような気がする。




もし女の子が「検索してね!」と言ったとしたら、かなり明るい感じがするだろう。天真爛漫なキャラクターなら合うが、オタクで未成熟なキャラクターであれば「検索するですよ」という舌っ足らずな感じが合うのかもしれない。



「するです」がこれからどれほど普及するかわからないが、文法的な必然性はゼロではなく、かつ言葉を記号的に使うアニメや漫画で使用するのに便利なので、今後広く普及する可能性は大いにある。



ただ、普通のオフィスで「そろそろ退社するですか?」「するです! するです!」のような会話が聞かれるようになるにはそうとう時間がかかるだろう。その前に、メディアで「大人」たちが「間違った日本語」として叩くのはほぼ間違いない。



ただし、反対にこの言い方が嫌いな人は、「なぜ叩くですか?」と切り替えされたときに、ちゃんと理由が言えるようになっておいたほうがいいかもしれない。「青いです」に違和感がない人たちが増えたように、「検索するです」に違和感がない人たちが次に現れる可能性もあるですよ。









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